第二章 現代勇者の生活事情 4
* 4 *
「ゴメン。忙しいのに週末なんかに呼び出して」
「別にいいんだけど、ね」
バトルパークの入り口。
俺の挨拶に答えたのは鈴代さん。
膝下丈の薄水色のワンピースに七分袖の茶色の上着を重ねた、初めて見る鈴代さんの私服は、相変わらず輝きを放って見える黒髪と相まって、彼女の美しさを引き立てていた。
そんな彼女の視線は、俺を通り越して後ろに向けられていた。
珍しく笑みではなく睨むような表情を見せている鈴代さんのその様子も仕方がない。
彼女が見つめる先、俺の背中に隠れるように立っているのは、詞織。
姉貴が送ってきた服を適当に合わせて着ているらしい詞織は、ピンクのキャミソールに、黒に近い色の襞を重ねたようなふんわりしたミニスカートを穿き、デニムの上着を重ねるという活発そうな出で立ちで、俺の背中からこっそり鈴代さんの様子を窺っていた。
「訊かれる前に説明しておくと、今日はこの子も、詞織も必要だから一緒に来てもらった」
「そうなの?」
睨むような目をもう一度詞織に向け、若干不審そうに目を細めで俺を見てくるものの、納得したかのようにバトルパークへと足を向ける鈴代さん。
「行きましょう。この中で話があるのでしょう?」
「あぁ」
俺も詞織を視線で促して、パークの中に足を踏み入れる。
鈴代さんに先行して向かったのは、ついこの前エリサと話していた芝生の広場。
公園の中でも雑木林を抜けた奥まったところにあるそこは、人が滅多に来ないようで、秘密の話をするにはちょうどいい。それに広さのあるバトルパーク内であれば、もし何かトラブルがあっても対処がしやすい。
土にまみれた石畳の道を歩き芝生の広場へと出る。そのまま片隅にある庵へと入っていった。
「とりあえず座って」
一応埃を払ってから、俺は四人は楽に座れそうなベンチの真ん中辺りに座った。
左側に鈴代さんが、右側に詞織が座るのを確認してから、俺は話を始めた。
「この前鈴代さんに言われた通り、俺には普通じゃない力がある。アニメとか風に言うなら、異能の力だ。俺たちはそうした力を持った者たちの住む世界を闇の世界と言い、俺たちのような異能の力を闇の力、異能を持った者を闇の住人と呼んでいる。指摘されたように俺も闇の住人だが、詞織――、この白澄詞織もまた、闇の力を持つ、闇の住人だ」
「その子も?」
訝しむように目を細めている鈴代さん。
怖がるように身体を縮込ませている詞織に笑みをかけてから、俺は話を続ける。
「鈴代さんが言った、闇の住人になりたいという願いを、俺は聞き入れるつもりはない。鈴代さんは俺たちが生きているのとは別の、光の世界に生きてる人で、俺たちもまた光の世界でも生活はしているけど、やっぱり主体は闇の住人なんだ。生きている世界が違う」
「それで?」
「俺や詞織の闇の力は生まれつきのものだ。生まれつきの力を持たない者でも闇の住人になることはあるが、基本的に闇の世界は物理的に弱肉強食の世界で、危険が多い。力――、例えばそれは物理的なものでなくても、持っていない人間が生きていける世界じゃない」
「その力を得たりするは、得るための方法を教えてもらうことは、できないの?」
「できないことはないけど、俺はそれを教える気がない。それに充分な力を得るまでに他の闇の住人に襲われたらひとたまりもない。闇の住人は光の住人に手を出すことはあまり多くないし、そうした奴が出た場合は、この町とその周辺に関しては俺や、他の奴がだいたい叩き潰してる。けれどいったん闇の住人になった者の場合、俺はそいつら同士の戦いには、光の世界に影響がない限り、積極的に介入したりはしない。鈴代さんが闇の住人として生きて行くためには、充分な力を得るまで誰かに守ってもらわなくちゃいけない」
「結城君にその守る役をお願いすることはできないの?」
あくまで諦める様子のない鈴代さんは、真剣な目で俺のことを見つめてくる。
個人的な感情としては彼女を守りたいという想いはある。
けれども俺は闇の力を持つ人間の中ではかなり最強に近い力を持つ勇者だ。責任や義務が発生している場合はともかく、それだけの力を持った者があまり個人的な感情に流されて動くと、様々なところに影響が出てくることがある。
実際には無理矢理介入することはあるにはあるが、この場ではそうした説明をする気はない。
「それはできない。いま俺は詞織を守らなくちゃならない立場にある。殺されそうになっていたところを助けて、行く当てがない彼女を、落ち着くまで守るのが、いまの俺の役目だ。俺自身の意志で助けた詞織の責任を取らなくちゃいけない」
「その子を守る役が終わってから、というのは?」
「それもできない。詞織の周辺状況が落ち着くまでにどれくらい時間がかかるかわからないし、ただ状況が落ち着けばいいというだけじゃなく、俺は彼女が進みたい未来を見つけるまで守っていくつもりだ。長ければ十年以上になると考えてるし、それくらいになっても守るつもりで俺は助けたんだ」
俺の言葉を受けてか、詞織が今日着てきた春物のジャケットの裾を軽く引っ張ってきていた。
険しい顔になって俺を睨むような目で見てくる鈴代さんは、でも唇の端を震わせるだけで何も言ってこなかった。
「それからもうひとつ。もし、もしもの話だけど、鈴代さんが闇の力を何かの方法で得て、その力を使って光の住人に危害を加えようとしたときには――」
険しい目を向けてくる鈴代さんに、俺は力を込めた視線を、勇者としての視線を返す。
「俺は例え相手が鈴代さんであっても、容赦をすることはできない。殺すようなことは滅多にはしてないが、もし鈴代さんが光の住人を闇の力で殺していた場合には、それだけの報いを俺の力で受けてもらうことになる」
いまの言葉は一種の賭だ。
実際のところ、闇の住人になりたいという人は、ちょくちょくいたりする。俺に願ってくるような人は多くないが、その筋では有名なお袋や姉貴を訪ねてくる人はたまにいる。
そうした人は誰かに復讐したいとか、闇の力で光の世界をめちゃくちゃにしたいといった願望を持ってる場合が多い。
鈴代さんが闇の住人になりたい理由はまだ聞いていないが、彼女の目の奥にあるものは、そうしたものと似た、何か黒い感情のように見えてならなかった。俺のことを信頼して声をかけてきただろう鈴代さんには、いまの俺の言葉は決して軽いものに聞こえないはずだ。
「だから、鈴代さんの願いを聞き入れることはできない」
そう言った瞬間、鈴代さんは立ち上がった。
下ろした両手は震えるほどに強く握りしめられ、唇は横一文字を描いていた。
上から投げかけてくる鈴代さんの強い視線を、俺は静かに受け止める。
「それでも……」
恨みを籠もっているようで、泣きそうでもある目をして、鈴代さんは言う。
「それでも私は力がほしいっ。どうしても、どうしてもほしいのっ。いまの自分の打ち破るために、いまの自分の立場を壊すために、闇の力が必要なの!」
「自分の殻を破るための力は、光の世界でこそ得るべきものだと俺は思う。そんなもののために闇の力に頼るべきじゃない。俺は鈴代さんの家のことや、生活環境のことについてはよく知らない。でもそうしたものを壊すための力として、闇の力を求めるのは間違いだ」
「違うっ。違う! 私が力を望むのは、私が力を得て立ちたい場所は、貴方の――」
鈴代さんの言葉を遮るように、俺はベンチから立ち上がる。
「詞織。鈴代さんを頼む」
「は、はいっ」
「待って!」
すがるようにかけてくる鈴代さんの声に耳を貸さず、俺は庵を出て広場の真ん中まで歩く。
「隠れてないで出てこい! いるのはわかってるんだ!!」
大声を出すと、周囲の茂みから次々と黒いフード付きのローブをまとった奴らが現れた。
手には槍と言うにはあまりに短い、肘下の腕の長さほどの棒にナイフをくくりつけたような、おそらく祭祀用にも使われているだろう飾り立てられた武器を持っていた。
十人いる奴らの中にひとりだけ、フードを下ろしている人物には見覚えがあった。
魔人教団の教主。
「闇の住人になるとこの手のトラブルは日常茶飯事なんだ。これくらいの人数程度は、逃げるなり戦えるなりしないと、この世界では生きていけないんだ」
首だけ振り返って、俺は詞織に引っ張られて庵を出てきた鈴代さんに、そう声をかけていた。
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