第一章 現代勇者の恋愛事情 4


       * 4 *


 上履きに履き替えて教室に向かおうとしたとき、立ち止まって話をしている男女の姿が横目に見えた。

 結城紗敏と白澄詞織。

 ふたりは縦に並んだ下駄箱の向こう、開け放たれている昇降口の扉の外と少し離れた場所にいるため、声までは聞こえてこない。

 しかし難しい顔をしたり、微笑んだり、驚いたりところころと表情を変える詞織と、そんな彼女の顔を見ながら優しい笑みを浮かべている紗敏は、他の人が入り込みづらそうな幸福防壁を築いているようにも見えた。

 二年の紗敏については幼い頃からこの町に住んでいるということは調べがついていたが、三月になって家庭の事情で突然引っ越すことになったという詞織については正体が不明。

 紗敏の親戚であるというのは詞織が話していたと伝聞ながら知っていたが、同じ家で暮らしているという噂も、実は恋人同士で同棲をしているという噂も出ていて、どれが本当なのかわからない状態だった。

 割と横柄で人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している紗敏は、小学校からいままで嘘とも本当ともわからない様々な武勇伝が流れていて、暴力的な奴と見られて多くの人が避けている。しかし彼をよく知る人にとっては優しく、問題に対しては毅然とした態度で応じ、相手の暴力にも怯まず言葉で以て応じるすごい人と認識されているという話もあった。

 具体的なイベントまでは発生していないらしいが、彼に想いを寄せているとかチェックしている女子がいるという話もあって、仲良く登下校したり手作り弁当を一緒に食べたりして急接近している詞織については、彼女を狙う男子共々密かな注目の的となっていた。

「いったい彼女とはどういう関係なの?」

 身を隠すように下駄箱の側に立ち、その側面にがりがりと爪を立ててしまう。

 少なくとも三月の中旬頃までは紗敏の側になかったはずの詞織の影。

 軽く手を振って紗敏と別れて近づいてきた詞織に、見ていたことが気づかれないようにその場を歩き去る。

 ――詞織のことはもっと調べないといけないな。

 ひとつ舌打ちをしながら、そんなことを考えつつ教室へと向かった。


          *


 ――今日は何もなければいいんだがな。

 頭の中にちらつく白い残像を頭の中からため息とともに追いやりながら、後ろの扉を開けて教室の中に入る。

「おはよー」

 教室全体に聞こえるくらいの声で発した俺の挨拶に、もうけっこう登校してきてるクラスメイトからちらほらと返事があった。

 ちらりと横目で見ると、いつも一番くらいに来ている鈴代さんは、すでに自分の机に座って授業の予習でも始めているらしく、手元のスレート端末と睨めっこをしていた。

 ――ん?

 机の横のフックに鞄を引っかけて椅子に座ったところで、鈴代さんと目が合った。

 顔半分だけ振り向かせた彼女は笑っているように見えたが、一瞬のことで本当に笑っていたかどうかはわからない。

 気のせいか、たまたま振り向いた瞬間だったのかと思いながら、鞄の中から授業用のスレート端末とかを取りだして机の中に入れたとき、指先に何かが触れた。

 手触りは紙。

 指でもう少しどんな物なのかと触ってみると、封筒のようだった。

 ――闇の力は感じないな。

 闇の住人の力にもいろいろある。

 俺みたいな勇者の、世界に俺とお袋くらいしか持ってる奴が確認されてないような希少なものだったり、詞織のような聖属性やエリサの魔属性とか、他にもいろんな種類が。

 闇の住人に何らかの力を込めたものだったり、ある程度以上強い闇の住人が触れた物なら、よほど巧妙に力の感知を免れていない限り、どんな属性のものであっても俺の中の勇者の感覚が鋭敏にそれを捉える。

 それを感じないということは、封筒と思われる物体は光の住人の物だったということだ。

 周りにいるクラスメイトに気づかれないようこっそりと取り出して、見てみる。

 ――誰からだ?

 ファンシーというほどではないが、ピンク色をした封筒には、確かに「結城紗敏様へ」と表書きがされていた。

 裏返してみるが、そこには差出人の名前はない。

 俺は思わず息を飲んでいた。

 ――これが噂に聞く……。

 聴覚を研ぎ澄ませて、クラスの中の奴らの動きを感じつつ、俺は机の天板の影に隠して封筒から便せんを取り出し、開く。

 放課後、話したいことがあるから下校が落ち着いた頃に屋上に来てほしい、と書かれていた。

 封筒に素早く折り畳んで戻した便せんにも、差出人の名前は書かれていなかった。

 素知らぬ振りで手紙を鞄の中に、折れ曲がったりしないように注意を払いながら仕舞い込む。

 ――まさか、俺に、本当にっ。

 想いを綴った内容ではなかったから、手紙の差出人が何を話したくて俺を呼び出したのかはわからない。もしかしたら誰かの仕組んだ罠で、喧嘩の申し込みの可能性だってある。

 でも俺の心臓は、抑えることもできずに激しく脈打っている。

 とても丁寧に書かれた綺麗な文字だった。

 角張った感じの字は女の子らしいものではなかったが、その文字には俺は覚えがあった。

 ホームルームで検討事項があるときは、クラス委員にお鉢が回ってくるわけだが、議題の進行は主に俺が担当して、書記として鈴代さんがボードに文字を書く。俺の板書の文字が汚いのが原因と言えば原因だが、その鈴代さんの書く文字と、手紙の文字は似ているように思えた。

 それからついさっき目が合ったときに微笑んでいるように見えた彼女。

 もしかしたら手紙を入れたからこそ、彼女は俺の方を見ていたんじゃないだろうか。

 確定はしてない。

 確定はしていないが、期待してしまう自分を俺は抑えることができなかった。

 朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り、教師が教室の扉を開けるのと同時にクラスメイトたちは慌てて自分の席に駆けていった。点呼を取る間、教室は妙な静けさに包まれる。

 教師の声に返事した後、俺は努めて冷静に、さりげなく、目だけで鈴代さんの後ろ姿を見る。

 みんなに好かれていて、教師にも信頼されていて、多くの男子にとって攻略対象となっている彼女が、まさか俺にそんな想いを告げるために呼び出すなんてことは考えられない。

 学校ではあまり目立たないようにしていて、推薦投票でクラス委員になってしまったことは不幸ではあったが、俺は普通の生徒として振る舞っている。それなのになんだかんだと絡まれたりすることがあって、こっちが吹っかけられるばかりだというのに、生徒にも教師にも喧嘩っ早いと目をつけられ、嫌われる傾向がある。

 鈴代さんにも、クラス委員をしてる関係で話すことはあるし、クラスに馴染むための話題振りくらいをしてもらっていたりするが、個人的に付き合いがあるというほどじゃない。

 それでも、と期待してしまうことは止めることができそうにない。

 ――でも、無理だよな、俺は。

 教師から送信された朝の連絡事項をスレート端末で確認しているらしい鈴代さんから、俺は視線を逸らす。

 勇者である俺は、闇の住人。

 光の世界での生活を過ごせていると言っても、光の住人である鈴代さんや、他の誰かとであっても、親密な関係を築くことは簡単じゃない。

 不可能だとは言わないが、いまは詞織の周辺が安定したとは言い難いし、人間最強とまで評される俺の勇者の力だが、俺自身はまだまだ未熟な子供に過ぎない。力を、使いこなしていると言えるほどまでにはなっていなかった。

 そんな状況では、誰かを守りながら生きていく自信なんて持てそうにもなかった。

 ――でも、もし本当に鈴代さんに、す、好きとか言われたら、俺は断れるのか?

 顔が熱くなるのを感じながら、俺は悶々とした気持ちを抱えて机に突っ伏した。


          *


 ――あれ?

 詞織は思わず小さく首を傾げていた。

 今日の授業が終わり、放課後。

 不測の事態を考え、一緒に帰るように言いつけられている詞織が昇降口で外履きに履き替えて待っていると、いつもより遅れて紗敏がやってきた。

 軽く手を上げて挨拶をしてくる紗敏はでも、いつもと違っているように見えた。

 笑みを浮かべているのはいつものこと。彼は詞織にいつも優しさを感じる笑みをかけてくれている。

 けれどもその笑みが、いつもとどこか違っていた。

「すまない、詞織」

「あ、いえ」

 靴を履き替えるために下駄箱には向かわず、真っ直ぐに詞織の元にやってきた紗敏。

 身長差があるため見上げる形となった彼のことをよく見てみると、詞織に目を向けていながら、今日の彼は別のものを見ているような気がした。

 笑みを浮かべる口元がほんの少し引きつっているようで、細められている目尻がいつもより下がっているように思えた。

 ――どうかしたのでしょうか。

 何となく嬉しそうにしている紗敏の様子に、詞織は疑問の言葉をかけてみる。

「どうかされたのですか?」

「えぇっと、今日はひとりで――。いや、このままもう少しここで待っていてほしいんだ」

「どういうことですか?」

「この後ちょっとだけなんだが、用事があるんだ。すぐに終わらせて戻ってくるから、そしたら一緒に帰ろう」

 笑って頭の後ろを掻いている紗敏は、やはりいつもの彼ではないように詞織には思えていた。

「わかりました。ではここでお待ちしていますね」

「本当にすまない。できるだけ早く済ませて戻るから。……もし、もし何かあったら、屋上まで来てくれ」

「はい……」

 鞄を持っていない右手を立て拝むようにしてから、紗敏は詞織に背を向けて行ってしまった。

 ――本当に今日はどうしたのでしょう?

 浮き上がっているようにも見える足取りで廊下を歩き、階段を上って姿を消した紗敏の背中を見送りながら、詞織は頬に指を当てて小首を傾げていた。

 たぶん、何か嬉しいことがあったのだろうことだけはわかった。

 けれどもその内容までは推測することができない。

「ん……」

 少し目を伏せて考えていた詞織は、小さく、鋭く息を吐いて下駄箱に向かい、外履きから上履きに履き替えた。

 紗敏の様子がどうしても気になって仕方がなかった。

 出会ってからいつも自分のことを見てくれていた彼が、自分のことを見ていないことが気になって、その理由をどうしても知りたかった。

 ――でも……。

 と詞織は思う。

 紗敏が詞織を置いていったということは、知られたくないことがあるのではないかと思った。

 知りたいと思っていても、それはただのわがままで、守ってもらっているだけでも多大な迷惑をかけているのに、秘密にしたいことにまで踏み込んでいいのかわからなかった。

「ね、あいつ、どこに行ったの?」

「え?」

 階段を上がろうかどうしようか迷っているとき、後ろからそんな声がかけられた。

 振り向いたそこにいたのは、詞織と紗敏の中間くらいの背丈をした女の子。

 緑色のリボンをしているから詞織と同じ一年生であることはわかるが、頭の左右で長めの髪を可愛らしく結い、ほっそりとした身体にセーラーブレザーの制服を少し崩して着ている彼女のことは、憶えていなかった。

「えっと……」

 ためらいがちに声をかけると、紗敏が上っていった階段の方を見ていた彼女が厳しい目付きで詞織を睨みつけてきた。

「もしかして憶えてないの? あんな衝撃的なところで会ったんだから憶えてなさいよ。機光少女のエリサ。須田エリサ。貴女の隣のB組の」

 機光少女と言われて思い出す。

 綺麗な赤色の鎧とも衣装ともつかない装備を身につけて、結界の中で悪の秘密結社と紗敏が説明してくれた人々と戦っていた女の子。姿が違っていたから気がつかなかったし、同じ学校に通って隣のクラスにいるなんてこと、いままで知らなかった。

「それよりあのヘタレ勇者よ。あいつどこに行ったの? なんかすごい緩んだ顔してさ」

「紗敏さんはヘタレなんて貴女に言われるような人ではありませんっ」

 腹が立って言い返すと、エリサから何か可哀想なものでも見るような目を向けられた。

 唇を尖らせながら、詞織はしばし彼女と睨み合っていた。

「そんなことはいまはどうでもいいのよ。それよりもあいつよ、紗敏。あいつがいまどこにいるのかわかる?」

 訂正がないことを不満に感じつつも、訊かれた質問に答える。

「たぶん屋上にいると思いますけど……。いえ、いまは別のところにいるかも知れません」

「探すのは面倒臭いなぁ」

「ちょっと待ってて下さいね」

 教具を入れてある革の鞄を床に置き、詞織は両手を胸の前で握り合わせる。少し顔をうつむかせて、祈るように目を閉じた。

 小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、胸の奥にあるように感じる力を引き出す。

 その力が聖なる属性を持つものであることは、幼い頃から聞いていた。

 使い方を覚えれば様々な効果をもたらすことができることは知っていたが、あまり使い方を教えてもらうことはなかった。

 数少なく覚えている使い方のうち、詞織は走査の力を自分の身体の外に張り巡らせる。

 それは力ある者を探すための術。

 闇の力を持つ者を感知する聖法。

 危険があった際に逃げられるように、翁と媼に教わったものだった。

 魔力を持つエリサはもちろん、魑魅魍魎や妖怪変化、メモルアーグのような魔人など、それぞれが持つ様々な属性と、あまり遠くまでは走査することはできないものの、力の強弱も感じることができる。

 勇者の力はとても特殊で、属性のないその力は、同じものを持つ者を感じたことはこれまでなかった。とくにいつも近くにいる紗敏については、彼の力が発する色や音に近い個性も、もうすっかり憶えてしまっていた。

 まだ階段を上っているらしく、上に向かって動いていく紗敏の感触があった。

「やはり屋上に向かっているようです」

 目を開けてエリサに告げると、彼女は難しい顔を一瞬見せて、階段に厳しい目を向けた。

「だったらさっさと行くよ」

「え? でも、待っていてくれって言われて……」

「それだったらなんで上履きに履き替えたの? 気になってるんでしょ? どうせあの顔の緩み具合から言って、女の子に屋上に呼び出されたに決まってるんだから」

「でも……」

 何故か、胸の中がもやもやとした。

 何とも言えない感触が、聖属性とは相容れないような苦いような、締めつけられるような感触がわだかまっていた。

 それでも詞織はエリサの言葉に従うことができない。

 ためらい、視線を外す詞織の手をエリサがつかんだ。

「気になるなら行くしかないでしょ。これは特権。あいつの力のことを知ってて、あいつの知り合いであるあたしたちの特権。もしかしたら闇の住人に呼び出されたのかも知れないんだし。見に行かないで気になるより、見に行って怒られた方がマシよ。見つかるとは限らないんだし」

 強引に手を引くエリサに、詞織は床に置いていた鞄を持って一緒に階段を上がっていく。

「そう、ですね。行きましょう」

 顔を上に向けて、詞織はそう答える。

 下校する生徒はもうあまりいないのか、人の気配の少なくなった階段をふたりで駆け上げる。最後の屋上へと続く階段は、足音を忍ばせつつ上っていった。

 いつも弁当を食べるときに開けている扉のノブに手をかけて、エリサはゆっくりと、音を立てないように回して、少しだけ開く。

 隙間から外を覗くと、紗敏の後ろ姿が見えた。

「やっぱりか、あいつっ」

 ちらりとエリサの顔を見ると、怒っているように目尻をつり上げている。

 紗敏の立つ先には、髪の長い女の人がいるのが見えた。

 背を向けているから胸元のリボンは見えず、学年はわからなかった。背丈は紗敏と同じくらいで、スラリとしているのに女性らしい身体つきの彼女に、詞織は少し羨ましさを感じていた。

 顔が見えないので知っている人かどうかはわからなかったが、あの綺麗な黒髪は、先日教室に紗敏の弁当を届けに行った際に彼が気にしている様子があった人のような気がした。

「あの、これはどういうことなんでしょうか?」

「たぶんあいつ、ラブレターでももらったんじゃないの?」

「ラブレターって、なんですか?」

 そう問うと、エリサが呆れたような目を向けてきていた。

「……女の子なんかが好きな男の子とかに好きって想いを伝えたり、こんな風に呼び出しをするのに書く手紙のこと。っていうか、海外から引っ越してきたってのはあんまり信じてなかったけど、貴女いったいどこで生まれ育ったの?」

「好きな人に……」

 エリサからかけられた質問に、詞織は答えることができなかった。

 彼女の言った「好きな男の子に」という言葉が、胸の中のもやもやを騒がせていた。

 待っていてほしいと言ったときの、紗敏の嬉しそうに緩んだ顔が浮かんできていた。

 ――好きな人。幸せをつくって行きたい人。結婚……。

 紗敏から聞いた言葉が頭の中に浮かぶ。

 ぐるぐると頭の中を巡るその言葉が、胸の中のもやもやをトゲのように尖らせ、心臓をちくちくと痛ませているような気がしていた。

 意を決したように背を向ける女の子に近づいていく紗敏。

 詞織はそんな彼のことを見ながら、何故か泣きそうな気持ちになっていた。


          *


 屋上で待っていたのは、想像していた通り、鈴代さんだった。

 驚いたのが半分。嬉しいのが半分。

 それ以上の気持ちが、いまの俺にはなかった。

 ゴクリと音を立てて息を飲み、俺は鈴代さんに近づいて行く。

「あの……」

「今日は呼び出してしまってごめんなさい」

 振り向いた彼女は笑顔を俺に向けてきた。

「いや、いいんだけども」

 一緒のクラスになってから、ずっと想像していたことだった。

 いや、高校に入って彼女のことを知ってから、想像というより妄想し続けていたことだった。

 彼女と一緒に過ごして、一緒に遊んで、一緒に笑い合えたら、どんなに幸せだろうか、と。

 でもやっぱり、俺は闇の住人だ。勇者だ。

 光の住人である彼女と一緒に過ごすのはリスクが伴う。

 ――断るしかない。

 もし俺に鈴代さんのことも、詞織のことも守れるくらいの自信があったなら、たぶんこれから言われるだろう彼女からの申し出を受けることができると思う。

 でも俺にはまだ、そんな自信はなかった。

 笑顔のまま三歩分しかなかった距離を、一歩のところまで近づいてくる鈴代さん。

 いつも凛としていて、でも明るく朗らかで、女の子としても魅力的で、近づかれて嗅覚を刺激するようになった彼女の香りに、抱きしめてしまいたくなる。

「今日は結城君にお願いしたいことがあって来てもらったの」

「う、うん」

 顔を引き締めて、でも何かにすがるような目をした鈴代さん。

 緊張に喉がカラカラになって、飲み込むもののない喉を鳴らしたとき、彼女が言った。

「私を、貴方と同じ世界の住人にしてほしいの」

「……」

 言われた言葉が、頭の中に入ってこなかった。

 好きとかつき合ってほしいとか、意表を突いて嫌いだとか近づかないでほしいとか、そういう言葉を想像していた。

 鈴代さんの言った言葉の意味がわからずに、俺はぽかんと口を開けていた。

「結城君が強い力を持っていることは知ってる。この世界には普通の人が触れることのほとんどない、違う世界があるのも知ってる。私はそんな結城君が住んでる世界の住人になりたいの。貴方の側に立てる人間になりたいの。ずっと、そうなりたいと願っていたから」

 やっと鈴代さんの言葉の意味を理解して、驚きのあまり開けていた口をさらに開いていた。

 ――闇の住人になりたいだって?

 つまり鈴代さんが言ったことはそういうことだ。

 告白でもされるかと思っていた俺が莫迦だった。

 いや、莫迦以上に想像もしていなかった告白に、俺はひどい落胆をしていた。

 全身から力が抜けるように膝を突き、俺は深くうなだれることしかできなかった。



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