頑張れたら頑張ろうとは思います(断言はしない)

深谷ふかやくん」

「ヒッ、あ、あっ、上尾あげおっ、な、なん、なに?」


 向こうの廊下から歩いてきた上尾の爽やかな笑顔と掛け声に、声をかけられた深谷はびょっと肩を跳ねさせて俺の後ろに隠れながら律儀に返事はする。俺を壁にするなと言いたいが深谷は女性耐性低いから、しょうがない、今はサンドイッチの具材くらいにはなるか。


「この前借りた本なんだけど、いつ返せばいいかと思ってさ」

「い、い、いい、いつでもいいけど?」

「いや、一人の時はお前困るだろ」


 挙動不審になってる今でさえこうなのに。俺とか松山まつやまとかいない時だとまずくないか。


「あはは、馬場ばばくんの言う通り。なるべくなら深谷くんが人といる時が良いかと思うんだけど、いまでもいい?」

「お、ぅ、い、良いよ…?」

「そう、じゃあちょっと待ってて」


 にこりと笑ってすたすたと歩いていく上尾はスタイルがいいんだなあとつい背中を視線で追いかける。上尾が動くのに合わせて俺の周りをちょこちょこ移動している深谷の頭をぎゅっと掴んで固定しておく。


「慣れろとは言わんがちょろちょろ動くなくすぐったい」

「無理だ!!!!」

「もおー手のかかる子なんだからあー彩斗あやとはあー」

「エーン、サクヤオニイチャアン許してえ」

「しょうがないなあー」

「優しさ…」


 なんて馬鹿な事をしていると深谷がさっと動いたのを感じて上尾が戻ってきたんだなと察してしまう。


「お待たせ、これ、借りてた本、ありがとうね」

「お、お、おお」

「……俺が?」

「う、う、」


 うんくらい言え、と思いつつ、代わりに受け取ってくれと裾を引かれて主張されてしまったので上尾が差し出した本を代わりに受け取る。


「悪いな上尾、深谷、ごらんのとおりなもんだから」

「いいよ、また本貸してね、深谷くん」

「お、お、……おぉ」


 上尾はクラスの女子の中じゃ一番背が高い。深谷より少し小さいくらいだから170cmくらいはあるんだろうかなんて思う。格好も爽やかな印象を受けるし、同性から人気があるらしいというのは岡山おかやまからの情報だ。あいつもあいつで女子の友達多いけど。


「隠れてないで出て来なさい、こら」

「ぐ、ぐおおおお無茶苦茶言うなあああああ」

「あはは、いいよ、無理しないで、じゃあね」

「お、おう……」


 上尾が颯爽と去っていったのを見送った後、ほら、と手にしていた本を深谷に渡すと、おずおずと受け取って、それから少し深谷が動揺した。


「うわ……めっちゃいいにおいする……やば」

「そこ?」

「待って、もうちょっと馬場持っててこれ、持ってて!」

「ええーーー????もおーーー」


 何で、とは言わないが、そこも耐えられないのかあとしみじみしながら本を改めて受け取る。まあ、確かに優しい香りがしたなあとは思ったけど。


「心臓痛い、苦しい」

「生きろ、強く」

「くっ…上尾が可愛いのが悪い」

「上尾は悪くない」

「はい悪くないです」

「素直だ」


 蹲って何やらぶつぶつと呪文めいたものを話している深谷を見下ろしながらぱらぱらと本をめくる。結構可愛いものが乗っているんだなとしげしげ眺めていると、深谷が急に立ち上がる。


「おお、どうした」

「知ってるか、上尾、文面のやり取り可愛い絵文字使う」

「知ってるわけないだろ、お前くらいだわ知ってるの」

「……超女子じゃん」

「いや上尾はどう見ても女子だろ」

「な?無理ジャン…?」

「まあ、……深谷にはなあ、」


 女子の中ではわりとさっぱりしていて俺は話しやすい相手ではあるものの、深谷は本当に女子が苦手だ。無理もないだろう。


「でも本くらいは受け取ろうな」

「く、っく、が、がん、ば、れたら」

「頑張るとは決して言わないお前のそういう所可愛いぞ」

「カッコいいと言え」

「キャーカッコイイ」

「まるで感情のこもらないかっこいいありがとう!!」

「どういたしまして」

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