防衛ラインを確立する為の呼び出し

石井いしい雪緒ゆきおぉ、ちょっとツラ貸せよ」


 なんて昼休みに入った途端、クラスメイトの松山まつやまから声をかけられ、弁当箱片手に持って連れてこられたのはあまり人が来ない場所の階段の上だ。いや、俺は何も彼の気に障るような事はしていない気がするんだけどな、何かしたのか。普通に弁当持ってこいっていうあたりはそんなカツアゲされそうな雰囲気ではないし。


「よう、石井」

おき

「そこらへん適当に座っていいぞ、愛助あいすけがお前と飯食いたいんだと」

「俺と?」


 階段を上った先でクラスメイトがもう一人いる。体格ががっちりしている沖は俺と同じくらい背があるので、俺を引き連れて来た松山が少しだけ階段の上の方に陣取って座る。

 沖よりは少し下段へ腰かけつつ、膝の上に弁当箱をきちんと置いて松山を見るものの、松山はむすっとしたまま彼もまた弁当箱をあける。


中条なかじょうとよく話すだろ」


 見かねたように沖が会話を差し込んでくれて、ああ、まあ、確かに委員会じゃなくても話すようにはなったなと頷く。


「……まさかだけど松山は中条が?」

「好きじゃねえから」


 むっとしたまま否定されて少しだけ、やっぱりそうかと安心はしてしまう。


「…そうだよな、失礼だけど、見てると兄妹みたいな感じだし」


 ヤキモチを妬かせるのは本意ではないから、そうでないなら安心はするが。


あいは、お前の事良い奴っていうんだよ」

「はあ…」


 中条愛なかじょうあい、が中条さんのフルネームだ。男子の中で彼女を「愛」なんて呼ぶのは松山くらいなものだろう。今のところ。俺が知っている範囲では。


「心配性なんだよ愛助は」

「当たり前だろ!愛はちょっとほわっとしてんだからよ!!」

「お前に自分が居ない時に中条の護衛頼みたいらしいぞ」

「護衛じゃねえー!」


 きぃ、と沖を松山が睨みつけるが、沖は笑っている。


「護衛、…個人的にかなりハードル跳ね上がったぞ」

「ちげえ、護衛じゃなくって、あれだ、その、愛のこと泣かしたら承知しねえって話で」

「そうそう女性を泣かすことは俺しないと思うというか出来ない気がするから安心してくれ」


 顔が怖くて泣かれるくらいしか思い当たらないが、中条さんはそこらへん平気のようだし。


「愛はお前のこと優しいっていってんだからな!!わかってんだろうな!」

「ああ…まあ、なんか、かなりくすぐったいコメントだけど、まあ、中条さんがそこまで言ってくれているなら、今後も変わらずお付き合いはしたいものだけどな」

「石井は平気だろ、なあ」

「何をもって平気だっていうんだ沖ー!!」


 沖から信頼?信用?されるのはなかなか自信になるものの、松山の言葉にも頷きたい気持ではある。うん、何をもって平気って判断されてるんだ。


「素直な所が?」

「………まあ、確かに石井は素直だ」

「え?」


 俺からすると松山の方がだいぶ素直だと思う。


「愛に、あれだぞ、変なことしたら承知しねえからな」

「へっ…、変なことする度胸はないっ…ないぞ、絶対ないというか無理だ」


 変な事、と言われて一瞬邪なものが脳をよぎってしまう。悲しいかな俺も思春期だから一瞬よぎったものが恥ずかしくて首を左右に振る。出来ない。無理だ。絶対。


「動揺の仕方がガチだぞ、変な事はしないだろ」

「あんな小柄な女性に変な事出来るかっ」

「愛は可愛いからな」

「愛助が言うのか」

「可愛いだろうが」


 いやまあ、確かに、中条さんは小柄で、愛嬌もあって、可愛らしいなとは思うけど。松山が自信ありげに頷いているのは長年友達だからだろうか?中条さんに聞いた話では随分小さい頃から仲がいいらしい。


「まあ、可愛いな」

「石井も可愛いって思うだろ!」

「んっ、んん……あ、ああ、かわ、いい、」


 声に出すのはなかなかに堪えるぞ、ひとつ学んだ。なんで二人とも素直に女性の容姿を褒められるんだ。


「よし、石井、今日からお前俺のダチだからな」

「ああ、中条防衛ラインか」

「防衛じゃねえ!悪い虫がなるべく中条を泣かせないようにそれとなく見てんだ!!」

「それとなくというあたりが愛助らしい」


 この中に俺は果たしていていいんだろうか、と思いながら野菜炒めをそっと頬張った。

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