その節は大変ありがとうございます手一杯だちくしょう

松山まつやまぁ」

「はあ?」

「この度はご配慮いただいてありがとうございますぅ!!!」


 ずしゃーと音がしそうなくらいの勢いで深谷ふかやに縋りつかれて若干身体がぐらぐらする。畜生、今に見てろよそのうち背が伸びるはずだ、多分。


「何が」

上尾あげおぉ!!」

「ああ、上尾な、上尾がどうかしたの」

「話しかけられた…」

「ああ、お前が手芸好きだって教えたからな」

「女子苦手だからって聞いてたから、ってんで委員長といるときに話しかけてもらった……」

「おう、良かったな」

「死ぬかと思った」


 深谷は女子と話すのが苦手だ。一人だとあがってしまってうまく会話が出来ないと呻いていたのを覚えている。上尾に本屋で出会った時、あいつもあいつで手芸が好きだ、って言うんで、それなら深谷も好きだけどもし話しかけるなら一人じゃない時にしてやれ、と言ったのを覚えていてくれてたらしい。


「なおってねえのかよあがり症」


 横で聞いていた青原あおはらがそんなことをいう。


「なおるかあ!!!!昨日今日で拗らせたもんが改善してたまるかあ!!」


 深谷は男兄弟で育った上に近場に住んでる親戚も男が多くて、異性とはそれほど喋ったことがないらしい。こう見えて結構小心者、という言い方は悪いかもしれないがビビリなもんで、女子相手に不快にさせたり傷つけるのを怖がるタイプだ。


「うう、でも手芸仲間が見つかったのはふっつーに楽しい…」

「良かったじゃん」

「ヨカッタジャン」

「青原の心のこもっていなさときたらないわ。竜之介りゅうのすけくぅん、もっと心込めてぇ」

「 ヨ カ ッ タ ネ 」

「くっそこいつ」

「仲が良いんだか悪いんだかお前ら」

「仲良しではある、な、深谷」

「まあな」

「まあ、仲が良いんなら良いけどな」


 ぴこ、という音が鳴る。多分深谷の持ってるスマホからだけど、こいつ時々マナーモードにし忘れてるよな。


「マナーモードにしとけよ深谷」


 そういうと深谷は今する、と言って画面を見た後、わたわたとし始める。こいつメールとかSNS越しでも女子相手はこうだよな。


「上尾からか?」


 察しがいいのか青原がすかさずそう聞くと、深谷はおろおろしながら「そ、そう」と答える。


「へえー、連絡先交換したの、スゲー進歩したじゃん」


 あんまり青原は興味はなさそうだけど、弄れそうなら弄っておけ、といった感じでちょくちょく言葉を挟んで来る。朝はそんな気力はないけど、昼過ぎくらいからやっと頭が回るらしい。


「青原君が上から目線です松山くうん」

「いや俺の方が3cm低いから下から目線」

「物理的」


 ぶつくさいいながら、やっぱりわたついたまま深谷は真面目に返事を上尾に返しているらしい。


「何の話してんの?手芸?」

「お勧めの手芸店」

「ほぉん」

「今度道教えてって言われたけど女子に紛れていくの無理、松山ついてきて………」

「はあ!?いや、別に良いけどさあ……」

「うぇえええん助かるぅぅぅぅぅ」

「……連絡先、ねえ」


 頬杖をついていた青原がふぅんと何やら考えているみたいだが、ぎええ、とうめいている深谷の様子を見て、それどころではなくなる。


「ダメだあ、どう返事返すのがいいのかわかんねえ、わかんねえ……」

「頑張れよ…まあ、無理なら俺が代わりに打つけど…」

「ぎりぎりまでやってみろよ深谷」

「既に手一杯だ!!!ちくしょう!!」

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