可愛い、は人による

 自分の顔があまり好きじゃない。


 まず、可愛くない。


 もうちょっと三石みついしさんみたいに目が大きかったらな、と思わなくもない。ぎゅっと上がった目じりも好きじゃないし、小さい瞳もあまり好きじゃない。

 小さい頃は、ショートカットだったけど、本当は髪を伸ばしたかった。中学くらいから少しずつ伸ばし始めて、似合わないなんて同級生の男子に言われたりもしたけど、似合わないのは自分自身が一番わかっていて、でも、シュシュとか、可愛いヘアゴムとか、休みの日にでもつけてみたくて伸ばし始めたものだったからバッサリ切る気も起きなくて、どうせだったら高校は違う所に行ってやる、と思ってこの学校に来た。

 幸い知ってる奴はここには入ってこなかったから、それはそれでよかった。まだまだコンプレックスはあるけど、それでも馴染みの顔がいないだけでいくらか気分は楽だったし、髪が伸びてる状態の私しかこの学校の人たちは知らないから、随分と、ほんとに気楽だ。

 気楽だけど未だに可愛いシュシュをつけたりするのは気が引ける。持ち歩いてはいるけど。コンプレックスとか、気にしてることをしてみるのはチャレンジ精神がいる。やってみたら案外簡単になじむのかもしれないけど、この一歩がかなり自分にとってはハードルが山のように高い。


「(可愛い……)」


 帰り際、駅の近くにある店で、髪飾りだとかそういう類を売っているコーナーを見るのが好きだ。自分が身に着けるのは勇気がいるけど、自分の事を知っている人が多くはいない場所で自分が身に着けてみたいものを買うことは、大分ハードルが下がる。

 売り場にある淡い水色と深い青のツインカラーのシュシュが目を引く。これだったらあまり目立たないだろうかと思うものの、フリルなのが少し考えるところだ。でも、色は好きだ。でも、やっぱり、買う勇気は出てこない。私にフリルはちょっと合わないんじゃ、と思ってしまう。


ひらいずみ

「うっぉ…なっ、な、なん、だ、青原あおはら、じゃん」


 後ろにぬっと立っていたのは同じクラスの青原あおはら竜之介りゅうのすけだ。いつもだらしない感じで、制服の上着を着ている印象だけど(一匹狼って感じがしていつも不機嫌そうだったからあまり関わらないようにはしていたけど)近くで改めて見るに、やっぱりなんだかきちんとはしていない。

 まさか他に男子はいないだろうかと警戒して見回したあと、どうも一人らしいというのがわかって安心する。


「な、なに、急に」

「や、……何してんだって思って」

「な、何しててもいいじゃん」


 こういう時三石さんとか、中条なかじょうさんだったらニコニコ笑って答えたりするんだろうとつい思う。上尾あげおさんとかしろがねさんなら多分何の気もなくさらっと答えるのだろうと思う。つくづく私はどうしてこうも、ひねくれているのかと内心焦りながら鞄の紐をぎゅっと握る。


「まぁ、そうだな」


 あっさりと返された言葉に少し挙動不審になる。


「そ、そんなことよりアンタこそなにしてんの」

「上のゲーセン行く」

「……そ、そう」


 あれ、結構、勝手に想像して警戒してたわりには素直に返してくれる、と思いつつ、関わってこなかった雰囲気のタイプだからどぎまぎする。


「て、ていうか、それならちょっとその上着の前、しめておいたら?引っかかったら怪我する、でしょ」

「……」


 しまった余計な事いった、と思うものの、もう言葉は飲み込めない。

 ゆっくり青原が瞬きをして見下ろしてくる。なんて言われるのかわからないけど逃げ出すのも微妙で、ドキドキしながら睨み上げてしまう。

 ゆっくりと上がった手に少しびくり、としたのは一瞬で、青原は素直に上着の釦をしめていく。


「(す、す、素直かっ)」


 結構とっつきにくいんじゃ、と我がことは棚に上げておいたけど、そう思っていたから今目の前の素直さにやっぱりどぎまぎしてしまう。


「留めた」

「み、……見たらわかるから、いちいち言わなくても」

「…平泉、電車?」

「え?そ、そうだけど」

「ふぅん、何時」

「え……、18時、の、に乗るけど?」


 もう一度、ふうんとだけいった青原は何か考えている。いや、私も律儀に話し出すの待ってないでじゃあ「帰るわ」と言えばいい話なんだけど。でもまだ電車が来るまでかなり時間があるし。


「ゲーセン行く?」

「はあ?!な、なんっで?」

「あ?」


 眉間にぎゅ、と皺を寄せられてついまたギロリとみてしまう。いや、煽ってどうするんだ私。


「だって、その、一人で行けばよくない?」

「一人じゃつまんねーゲームだから」

「はあ…?急すぎるでしょ、アンタ誘い方ヘッタクソ…」


 あ、またやった、と慌てて口を押えるものの、まるで青原は気にしていない感じだ。


「ああ、よく言われる……」


 もみあげをさりさりと指でなぞるようにひっかきながらそういう青原は視線を外そうともしない。


「あと、あの、あれ、じゃんその、いきなり女子誘うのどうなのさ…私だから良いようなもんだけど普通警戒するって」

「………ああ…そーなんか」


 気だるそうにそう返事をして、青原が欠伸をする。眠いのか、つまんないのかわからないけど、前者っぽい。


「そーなんか、じゃないから!」

「別に、あれなんだけどな、デートとかじゃねえんだけど」

「アンタ、私が言えたことじゃないけどその怖い顔鏡で見たら」

「……別に平泉は顔怖くねえだろ」

「あ?」

「可愛いだろ、デコとか」

「っで、…デコォ?」


 つい大きな声を出しそうになったのを堪えてそう聞き返すと、青原の指が私の額をぎゅっと押して離れる。

 うおおお、な、なんだこいつ……。なんだこの状態……。


「で、デコは顔の良い悪いに入んないから」

「あー…」

「アンタのフェチズムとか知らないし」

「……まあ、兎も角、別に平泉は顔怖いとは俺は思わねえから、」


 断られたし一人で行くわ、と言って青原が上の階へ向かうエスカレーターがあるほうに歩いていく。いったいあいつ、何がしたかったんだ、と思いつつ自分や家族以外が触れた部分がなんとなく落ち着かなくて、ぺたぺたと額を触った。


「(て、ていうか、か、かわいいってなんだ…、かわいいって……)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る