放課後のフレンドコード

「また明日ね、堂島どうじまさん」


 同じクラスの三石みついしさんがそういって元気に駆けていく。大きくて、形の整った可愛い目をこっちの視線にちゃんと合わせてくれて、右へ流して纏めている髪が揺れているのを見送る。


「うん、また明日」


 三石さんはクラスで一番可愛いと思う。可愛い子は、たくさんいるけど、その中でも目鼻立ちが整っていて、個人的には可愛い、と思う。性格は結構、当たって砕けに行くという印象が強いのだけど。


りょうちゃんまたあしたねーー!!!ばいばーい!!!」

「さよなら、堂島さん」


 後ろから駆け抜けていったのはあずまさんだった。ひょろりと細い体はときどき折れそうな気がして心配だけど、着やせしているのは知っている。水泳の時、がっちりした体つきをみて驚いた。

 そうして駆け抜けた彼女の後ろから物静かに私を追い抜いて行ったのが、東さんと友達の西ヶ原にしがはらさんだ。物静かな彼女と、賑やかな東さんは気が付くといつも一緒にいる。


「うん、またね」


 西ヶ原さんはあまり人と話そうとしないけど、東さんが声をかけた相手に律儀に挨拶をするのは、なんというかほんわかするし、笑った顔が上品で私は好きだなと思っている。


「どっ、堂島ちゃん、ばいばい」

「あ、うん、また明日ね、村川むらかわさん」

「う、うんっ、また明日、ね」


 いひ、と照れたように笑って、私の横を今度は村川さんが追い抜いていく。私は走るのが苦手だし、体格のせいじゃあないけど、歩くのも少しのんびりだから、いつも誰かしらに追い抜かれるけど、大概みんな、こうして挨拶をしていってくれるのが嬉しい。

 みんなすらりと細くて、可愛いと思う。私は他の子より、なんというか肉付きがいいらしくて、というか、多分、骨太……っぽくて、皆より少し横幅がある、のが悩みだったりする。それでも標準体重を過剰にオーバーしている、ということもないし、過度に太りすぎだというわけじゃないんだけど。ないと思うんだけど。


「堂島じゃん」

「お、よう堂島」


 昇降口を出て、少ししたあたり、校庭を見下ろせる階段のところで見知った二人がスマホを片手に何やら顔を突き合わせている。


松山まつやま君、おき君、何してるの?」


 大きく足を開いてどっかりと座っている小柄な松山君が顔を上げる。髪をワックスで固めていて、制服の前を大きく開け、派手なシャツなんかを着ていて、少しガラは悪いけど、基本的には物腰が優しかったりする。


「ゲームのマルチ」

「ふぅん…」

「沖とやってんだ、今日待ってたクエスト日だから」

「……ああ、金曜日だから、」


 そう言いながら画面を見せてくれた松山君の隣に少しだけ近寄って、覗き見ると従兄弟がやっていたゲームだった。確か私も誘われて始めたけど、従兄弟と会う時くらいしかしないから、ログインだけはしていたっけ、と思考する。


「堂島知ってんの?」

「え?う、うん、従兄弟がしてて…一緒に遊ぼうって言われたから、インストールだけはしてる…かな」

「やる?」

「え?私?」

「二人じゃ勝てねえんだよ、なあ沖」

「あ?…おお」


 どうもいまは沖君の順番らしく、難しい顔をして画面を見ている彼はちらりとこっちを見ただけだ。


「堂島が気にならねえってなら一緒にやろーぜ」

「…中条なかじょうさんは?しないの?」

あいはこういうのよりあれだ、撫でまわすとか育成すんの好きだからバトルとかあるのはやんねえ」

「そうなんだ」

「とりあえず堂島急いでねえなら座ったら」

「じゃあ……うん、弱いけど、私。……ええと、お邪魔します」


 何処に座ろう、と考えていると沖君も松山君も少しだけ間を開けてくれる。真ん中に座ってしまって良いのかな、と思いながら腰かけて、鞄からスマホを取り出してゲームを起動する。


「あ、負けたーー」


 ちえ、という松山君の声を聞きつつゲームにログインする。

 すると横から、こつん、とスマホにスマホを軽くくっつけられてつい画面を見てしまうと数字が4つずつ区切られた文字列がならんでいる。


「フレンドのコード」

「あ、う、うん」


 沖君がそう言って、そのまま画面を見せてくれる。


「あ、俺も」

「はいはい、順番で…あっ、ごめん…!!」


 松山君もつつつ、と近づいてきて画面を見せてくれる。ついつい、従兄弟達に接するようにしてしまって、慌てて謝罪すると、松山君は特に気にした様子もなく、別に、と言ってくれた。


「堂島って家でもなんか面倒見よさそーだし、気にしてねえよ」

「あ、ありがと、でも気を付けるね」

「沖も俺にそんな感じだしな」

愛助あいすけは弟っぽいとこあるからな」

「そーかよ」

「そーーだよ」


 ふたりのやり取りにくすっとしながらフレンド申請を終えると、すぐにクエストのお誘いがくる。


「遅くならねーうちに堂島は帰すからな」


 そう沖君が言う。別に、そこまで遠くから来てはいないから良いんだけど。


「わーかってるっつうの…」


 松山君もそんなことを言ってくれる。


「あ、ありがとう、ね」

「遅くなったら沖が送るってさ」

「俺かよ、送るけどよ」

「お、送ってくれるんだ……」

「……堂島が嫌じゃなかったらな、愛助の方がいいなら愛助が送るぞ」

「おう、好きな方選んでいいぞ、堂島が嫌じゃなかったらな」

「ふふ、ありがとう、二人とも優しいなあ」


 ちゃりん、というクエストが始まる音が聞こえて、視線を下に落とす。


「沖には負けるけどな」

「いや、愛助の方がよっぽど優しいからな」

「馬鹿野郎、俺はちょっと優しいんだよ」

「めっちゃ優しい癖に」


 くすくす、とついつい笑いが漏れてしまう。二人とも仲が本当にいいな、と思いながら少しだけ、愛助君が羨ましいかも、と思ってしまった。私は、よく沖君と組んで、というか自然とそうなってしまうのだけど、彼のサポートを私がすることが多かったりする割りに、会話はそんなにしないから、こうして行事とかホームルーム以外で沖君と居るのは初めてだったりする。


「堂島ー、暇だったら俺ら放課後ここにいるから、いつでも来いよな」


 そう気さくに言ってくれるのは松山君だ。


「ありがとう、じゃあ、えっと、お邪魔しようかな」

「おう、まあ、俺じゃなくて青原あおはらとか深谷ふかやがいるときもあるけどな」

「あ、そ、そうなんだ…」

「沖は部活前は此処にいるから安心しとけよ」

「なんで俺の名前出すんだよ…」

「沖と堂島ってセットの感じなんだよ、俺的に」

「勝手にセットにすんなよ、堂島が困るだろ」

「あ、だ、大丈夫、困ってないよ、沖君が迷惑じゃないなら、全然」


 スマホの画面をみんなそれぞれで見ながらの会話だから、あまり顔を上げる暇がない。私はこういうの、得意ってわけでもないから画面で動くキャラクターを追いかけてるので一生懸命だ。

 でも、会話は聞こえているから、沖君が迷惑じゃないなら私は全然、本当に気にしてない。むしろ私といて不都合だったら申し訳がないから、はっきり言って欲しい所ではあるけど。


「……あっそう」

「そっけねえ返事すんなよー」

「…うるせー」

「……?」


 何か変な事を言ったかな、と思って顔を上げて確認したいけど、やっぱり画面を見るのに必死でふたりみたいな余裕はない。結局、3回、クエストに参加させてもらった間、ふたりのやりとりを聞いてるだけで終わってしまった。次はもうちょっと強くなっておこう、とも、しみじみ思った。

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