W石井

石井いしいくん」


 小さな声でそう呼ばれて、丁度話し込んでいた俺と石井は同時に声の方へ顔を向けた。向けられた本人は、あ、という顔をした後両手を口に当てて、しまったといった感じで大きな目を忙しなく左右に動かす。


「ごめんね、あの、徳次郎とくじろうくん、のほう」

「ご指名だぞ徳ちゃん」

「おう、なんだ」


 声をかけて来た村川むらかわさんは小さな口をもにょもにょと動かした後、岡山おかやまくんが探してたよ、と消えそうな声量で言う。


「岡山がかぁ?なんで」


 対して徳次郎は大きな声で話すので、村川さんの小さな肩がぴょ、と跳ねる。


「徳ちゃん声でかいぞ」

「あぁ、ごめん村川、びっくりさせた」

「ぁ、ぅ、ぅうん、いいの、いいの」


 えへ、と誤魔化すように笑った村川は小さく首を左右に振る。つられて結いあげたポニーテールがふんふんと左右に触れる。


「良くないだろ村川さん」

「ほ、ほんといいんだよ、だいじょぶ、わたし、だいじょぶだから、」

雪緒ゆきお、お前顔怖いぞ」

「待て、自覚はある、毎日鏡見てるからな」

「こ、こ、こわくないからだいじょぶだよ」


 あわあわ、おろおろと言った感じで村川が視線を落ち着きなく彷徨わせている。クラスの中でも背の低い部類に入る村川さんは、そうでなくとも声が小さいのにますます声の音量をおとしていく。


「むーらかーわちゃん」

「愛ちゃん」


 跳ねるような音といっしょに遠くからかけてきたのは、同じ委員の中条なかじょうさんだ。彼女も、随分と背が低い。駆け寄ってきてにこにこと笑う中条さんの後ろに、村川さんはするると隠れてしまう。


「あ、石井くん、」

「ご指名だぞ雪緒」


 徳次郎と中条さんは会話をしていない、と思う。すぐに中条さんが「石井」と指したのが俺の方だと反応したのはつまりそういう事じゃないかと思う。


「あっ、ごめんね、二人とも石井君だった」

「ああ、それで今、村川さんを困らせてしまったとこだったから」

「そ、そんなことないよ」


 俺の言葉に慌てて村川さんが訂正を入れる。


「えー?そうだったの?」

「おう、ごめんな村川」

「あ、う、」


 にかっと気持ちのいい笑顔を浮かべた徳次郎に対して、中条さんは、ふわっとした笑顔を浮かべているし、村川さんに至っては中条さんの腕を掴んで縮こまってしまっている。まあ、俺は顔が怖いだろうし、徳次郎は体の幅…ガタイが良いからなと思う。

 小柄な二人からしたら俺達二人そろって圧迫感とか威圧感とか凄いんだとはおもう。


「中条さんは何しに?」

「あ、あのねえ、石井く……、雪緒くん」

「あ、はい」


 気を使って名前で呼んでくれたのはわかっても、なんとなくそわっとしてしまう。


「今日の当番ちょっと遅れます!」

「ああ、わざわざどうも…」

「ぱーっとしたらびゅーんっていくからね」

「じゃあじーっと待ってるよ」


 くふくふと笑う中条さんを、徳次郎がまじまじと眺めている。


「仲良いな二人とも」

「最近な」


 感心したように頷く徳次郎の発言に深い意味はない、というのはもう知っている。


「あ、あの、徳次郎、くん」

「ん?」


 中条さんの背中にずっと引っ込んでいた村川さんがそろそろと顔を出す。


「お、岡山くん、ね、部活の事、で、探してた、みたい、だから、ね、あの」

「ああーーーーわかったわかった、そういえば部室の鍵がどうとか言ってた。ありがとな」

「徳ちゃん声、声」

「あっ、ごめん」


 何度も首を左右に振る村川さんが、ふにゃふにゃと笑って見せる。


「背中にボリュームキーでもつけるか徳ちゃん」

「そうだなあ今度つけるかあ……」


 中条さんのくふくふとした笑い声を聞きながら、暫く徳次郎とあほなやりとりをしていた。

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