まだ伸び盛りの筈だから

 悲しいかな、俺はクラスの男子の中で一番背が低い。


 いや、きっとこの、平積みされてる台がなかったら届くんだ。欲しい本がある一番上の棚に。届く……筈。


「どーしたー松山まつやま


 隣で手芸の本を読んでる深谷ふかやが声をかけてくる。正直言うと意地でも言いたくない。言いたくないけど頼める相手がこいつしかいない。


「……届かねえンだよ」

「あ、そーなの?どれどれ」


 立ち読みしてた本をいったん棚に戻してからこっちに寄ってきてくれる深谷は、隣に並ぶなり手を伸ばしてくれる。


「あれ」

「これ?」

「隣」

「あ、こっち?」

「そう」


 届かない、と言っただけで代わりに取ってやろうかとも言わず、こうして代わりに取ってくれるのは有難い、と思う。


「はいよっと」

「ありがとな」

「お安い御用」


 にかにかと笑う深谷は人が良い。俺が言えたことじゃないけど、柄が悪い方には、はいるのだが決して深谷は悪い奴じゃない。


 そんなやりとりを学校帰りの本屋でやったのが先週の事だった。


 生憎、今日は深谷がいない。いないから、俺はまた上の棚に背が届かない。何度でも言うけどこの平積みする為の台さえなかったら俺だって届くと思うんだ。参考書とか、辞書とか手に取りたいのに俺はなんで今日も見上げなくちゃならないんだと舌打ちしたい気持になる。


「松山君、何睨んでんの?」

「………べっつに」


 声をかけられた、と思ってそっちを見ると、同じクラスの上尾あげおがいた。

 上尾は女子の中で一番背がデカい。多分170くらいはある筈だ。


「そう?」


 首をかしげて笑う上尾は同性から人気が高い、っていうのは愛から聞いて知っている。すらっとしてるし、手足も長いし、短く切った髪と少し切れ長の目がだいぶかっこいい。腕まくりをしているのもよく似合うというかハマってるというか。


「……手芸、好き、なんだな」


 上尾の手には数冊、手芸の本があった。この間深谷が見ていた本もそこにある。


「ああ、うん、おばあちゃんが好きで一緒にするんだ」

「ふうん……」

「……変かな?」

「別に、いいんじゃねえの」

「そ?」


 目を細めて笑う顔はきらきらしてる。いや、多分蛍光灯の所為。そんなエフェクトかからねえし。


「松山君は何が好きなの?」

「は?……あー…、バイク」

「へえー、バイクかあ」


 でもバイクの雑誌はあっちだよ、と教えてくれる上尾は親切な奴だとおもう。


「そんなの知ってる」

「そっか…何か私に出来ることある?」


 深谷と似ているような、にこっとした笑顔を浮かべた上尾を少しだけ警戒しつつ、こんなことを頼む悔しさも若干ありながら、みたいタイトルだったから、一番上の、と言うと、深谷と同じようにただ黙って手を伸ばして「これ?」と聞いてくれる。


「それ」

「はい」

「あ、……ありがと」

「ふふ、いいよ、全然」

「手芸の本、だったら、隣町の、駅前の本屋の方が数あるから」

「え?」

「別にあ、あれだからな、その、…お、お礼とかじゃねえんだからな」


 じろ、っと睨み上げたときに上尾が少しだけ照れたような笑い方をしたのが見えた。


「ありがとう」

「別にその、ふ、深谷が好きだから知ってるだけだから」

「深谷君も手芸好きなんだ、知らなかった」


 お勧めの本とか聞いたら教えてくれるかな、と笑った上尾に、話しかけるなら俺がいる時じゃないと無理だぞと即座に返してしまう。


「え?なんで?」

「深谷、男兄弟であんま女子と会話したことねえからタイマンだとアガるんだよ」

「そうなの?意外……」

「だから、日向ひゅうががいるときか、俺か、馬場ばばがいる時じゃねえときょどるぞあいつ」

「そっか、じゃあ、そうしよう」

「おう、頼むわ」

「オッケー、そのときはよろしくね」


 爽やかに笑ってレジに向かう姿はまあ、確かに、愛の言う通り「かっこいい」と思う。あのくらい背が高かったらな、と思うが、まだ俺も成長期は止まってない筈だ、と思いながら、上尾に取ってもらった本を片手にレジに向かった。

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