第75話 幼女がおっさんにセクハラ
「サバラディグまでは、どのくらいかな?」
パニーは膝を抱えて座り、隣のアシュラドを上目遣いで見る。
「まあ、急ぐわけでもねえからな。休みつつ行って二、三日くらいか」
アシュラドは胡座を掻いている。両手で足を掴んで背筋を伸ばし、いつものように牙を覗かせ、笑っている。マントが風にはためいていた。
「あのさ」パニーが背を丸めて、唇を膝の影に隠す。「着いたあとは、どうするの?」
「そりゃ、奴らを王家に引き渡すさ」
「じゃなくて、そのあと」
「ああ」アシュラドは空を仰いで、答えを探すようにじっと見る。「どうすっかな」
「決めてないんだ?」
「まあ……正直、なにも考えてなかったからな。お前は、どうすんだ?」
「え?」
パニーの首が伸びる。
心底意外そうな顔を向けると、アシュラドは不思議そうにまばたきをした。
「ん?」
「……どういう意味?」
「どういう意味って、だから……同じだよ」
「おなじ?」
「サバラディグに着いた後、お前はどうすんだ? そのまま戻るか?」
パニーの瞼が半分閉じる。眉が吊り上がり、頬がむくれる。
無言で隣のアシュラドの太股を小突く。二度、三度、四度……ぱしぱし叩く。
「な、なんだよ? やめろ、地味に痛い」
「ばか」
「はあ?」
「ばか、ばか。ほんと、ばか」
「なんでいきなり不機嫌になってんだ?」
困惑顔でアシュラドはパニーの腕を掴んでやめさせる。パニーは頬を膨らませて睨む。
「言ったじゃん。『もっとみんなと一緒にいたい』って」
「それは……でも、そもそもあいつらだってどうするか解んねえぞ?」
アシュラドは大真面目だ。
「サイは俺たち一族のことに巻き込んじまって、本当はとっくに自由になっていいのに、俺が不甲斐ないせいで離れる機会を逸しちまってた。だが元々目的があってひとり旅をしてたんだ。今回のことで、俺とのことはひと区切りついたろう。
マロナだって、いつも世話ばかりかけちまって……あいつの能力なら、どこへ行ったって重宝がられるだろうに。こんなとこにわざわざいても、苦労するだけだ。
俺は今まで、自分のことばかりであいつらの人生を考える余裕がなかったってことに気付いた。キリタタルタだって当然国に戻るだろうし、お前が一緒に来たのだって過去に戻るためだったんだから……改めて今後のことを考えたほうがいいんじゃねえか?」
「ふうん」
パニーが一応腕から力を抜いたら、アシュラドは手を離した。
睨むのはやめたもののまだ半眼で、口も面白くなさそうに閉じられている。
「そう思ってるのは、君だけだと思うよ」
「……なんで?」
本当に不思議そうに訊いてくるアシュラドに、パニーは盛大に溜息をついた。
「はあ……アシュラドってほんっとうに、こどもなんだねえ」
「あぁ? 子どもはお前だろう」
「見た目の話じゃないよ。あ、もちろん実年齢の話でもないよ? ぼーず」
パニーがサイの口真似をすると、
「坊主ゆーな、パナコ」
アシュラドもおどけて肩をすくめる。
「パナコゆーな」
軽く睨むような顔を見合わせると、すぐに耐えられなくなってふたりとも軽く噴き出した。
「ふ」
「ふっ」
笑顔を見せ合ってから、パニーが「まいっか」という感じで伸びをして、立ち上がった。
首を二、三度回して、アシュラドを振り返る。
「すぐじゃないけど、ひとつ、思いついたことがあるよ。やりたいこと」
「なんだ?」
座ったままのアシュラドの顔と、立ったパニーの顔の高さはそんなに変わらない。
悪戯っぽい笑みを向けて言う。
「わたしとアシュラドの、こどもをつくってみるのはどうかな?」
「ほう。そうか、子どもな。俺とお前の……」
アシュラドが頷きかけて真顔になり、
「ぁあ!?」
牙を剥き出しにして大口を開ける。
パニーは予想外の勢いに驚いて身体を引いた。
「な、なにっ?」
「お、お前……意味解って言ってんのか?」
「意味?」質問が理解できない。「そのままの意味だけど」
「そ、そのままの、意味って」
「だってほら、わたしたち最後のひとりずつなわけじゃない? だから子孫を残すならほかの種族のひととってなるでしょ。だったら最後のひとりずつ同士って、おもしろいかもって」
「面白いとかで決めることじゃねえだろ……いや、つかそうじゃねえ。
お前、つくりかたを知ってて言ってんのか?」
「つくりかた?」
パニーはその単語を初めて聞いたかのように反芻し、真上を見上げる。
唇に指を当てる。
しばらくして、眉根を寄せて下を見る。
最後に正面に戻ってきて、きょとんとした顔になる。
「そういえば、知らないや。アシュラド、知ってるなら教えてよ」
「教えられるくぁぁあああっ!」
瞬時に立ち上がって全力で突っ込むアシュラドに、パニーは怒る。
「なんで!? いじわる!」
「違ぇ違え! 百パーセント違ぇえ! やっぱお前のほうが子ども中の子どもじゃねえか!」
「いいもん! じゃあサイに訊くもん!」
「幼女がおっさんにセクハラしようとするんじゃない!」
「意味わかんない!」
パニーがそのまま屋根を降りようとするので、
「待て待て! ややこしいことになると解ってて行かせるかっ」
アシュラドはパニーに『操作』を行使
「ふんっ」
する寸前、察知したパニーに胸を軽く小突かれる。治療中のあばらから全身に激痛が走り、膝から崩れ落ちた。その隙にパニーは降りて行ってしまう。
ああもう追い付けん、と悟ったアシュラドは、開き直って寝転がった。
頭の後ろに両手を置いて、晴天を見上げる。
不意に、別れ際のナウマとの会話が頭に浮かんだ。
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