第74話 初めて、静かに行き来した言葉

 ガダナバは生きていた。どころかピンピンしていた。

「てめえら、勝ったと思うなよ……!」

 竜に呑み込まれる瞬間、致命傷は避けられるよう牙の直撃を避けたらしい。しかし歯の間に押さえ付けられ、身動きが取れなくなっていた。

「……とりあえず、はい」

 マロナが手袋越しに渡した真っ赤なネギを、サイがガダナバの口に突き刺すと静かになった。その隙に身体を調べると、どうやら胴体は大半が生体で、胸と背中には鎧というより装甲と呼ぶに相応しい分厚さの鉄板が張り付けられていた。四肢は全て機械で、

「螺子留めだ」

 マロナが感心したように目を見張る。

 家から引っ張り出した螺子回しを使うが、マロナの力ではびくともしないほどきつい。アシュラドはおろかサイやキリタでも駄目で、パニーが力を込めるとようやく回った。

 ひとつひとつ外していくと、やがて右腕全部が外れ、左腕が外れ、両脚も胸も背中も外れた。アシュラドが竜の顎の『操作』を解き、簡単に傷を負っていた箇所の手当てをした。

「ふむ……これは、技術者に解析出せば仕組みが解るかもしれないね」

「プロトコルが解明できれば、こいつも『操作』できるかもしれねえってことか?」

「かもね。それ以前に、この男には着けるならもっと普通の義手義足を……」

 マロナとアシュラドがそんなことを話していると、ガダナバが目を覚ました。

「……な、なんだこりゃっ!?」

 しかし手足がないので立ち上がることもできない。

「悪いんだけど、暴れられると困るから没収」

 見下ろすマロナに、ガダナバの顔が理解を宿した後、挑発するように歪む。

「ちっ……! おいおいねーさん、酷すぎるだろ。これじゃ腰も振れねえ」

「……この状況でセクハラたあ、さすがいい度胸だね」

 マロナが頬を引きつらせ、不機嫌になる。

「ナイスガッツ!」何故かサイは親指を立てた。

「だはは……さっさと殺せよ。さもなくば、死ね」

 もはや諦めが深く浸透した目で笑うガダナバに、パニーは近付いて頭の横にしゃがみ込む。

「ばかなの?」

「……ぁあ?」

「言ったじゃん。『わたしはあなたを倒すけど、殺さない』って。

 わたしは、あなたを……ううん。誰も恨まないし憎まない。努力してそうするんじゃなくて、もとからそうだった。性格……なのかな。たぶんそういうの、苦手なんだよ。

 ただ、大切なひとたちがいなくなってしまったのが、かなしい。

 ひとが死んでしまうのが、とてもかなしい」

 パニーの顔は感情を失ったようで、言葉は淡々としていた。

「だからわたしは、殺さないよ」

 静かで呟くような声なのに、ガダナバはなにも言い返さなかった。

 マロナがそこへ言葉を加える。

「あんたの仲間、全員生きてるよ」

 ガダナバは表情を変えない。だが、目を向けた。

「『時の賢者』の力って、そういうことみたいだよ。流れ出る血の勢いを緩めたり、重症の状態で悪化を一時的に止めたり、自然治癒の速度を速めたり破れた皮膚をくっつけたり……お手軽に世界を巻き戻すなんてことはできなくても、十分奇跡だとあたしは思った。

 けどね、理由はそれだけじゃない。

 即死したひとがいなかったんだ。みんな、少しずつ急所が外れてて……あんたたちが無意識にそうしたのか、アシュが無我夢中で『操作』してそれだけは避けたのかは解らない。

 まあ、そんなのはどっちでもいいか」

 マロナはパニーの横にしゃがみ、その髪を撫でる。

「とにかく、よかったね」

 パニーが無言で首を縦に振った。

「あたしたちは、死人がいないことを知ってまずそう言い合った。それは事実だ。

 ちなみにサバラディグを襲った奴らも、全員、死んじゃいない。

 あんたたちはそれを生き恥と思うかもしれないね。まあ、これから拾った命を自ら捨てるのも自由だ。そこまでは止めようがない。けど」

「もしそうなれば、俺は酷く虚しい気持ちになる」

 背後からアシュラドが続きを引き継いだ。マロナが「そういうこと」と息を吐く。

「……だから、なんだ」

 ガダナバの声に、抑揚はない。

「別に」アシュラドはつまらなさそうに言う。「それだけだ」

 それは会話と呼ぶのも躊躇うほどのやり取りだったが、初めて、ガダナバとアシュラドの間で静かに行き来した言葉だった。

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