第45話 買い食いしてました

 世に言う『英雄』や『賢者』は、崇め讃える称号であり職業ではない。

 とは言え『時の賢者』を言い換えると『時間のことをめっちゃ知ってるひと』ということになるので、時間に関係する仕事に就いている可能性がある。そこでそもそも、この土地では時刻がどうなっているのか街で聞き込んだ。

 国際社会に数えられる国々では共通の暦を採用しており、国ごとの時差まで細かく設定されている。各国に設けられることが義務づけられている『時間管理局』の職員たちは国際社会の規定した認定制度によって資格を取得し、毎日一時間ごとに時を知らせる鐘を鳴らす。一般人が時間を知る方法はそれくらいだが、一部の富裕層は家の中に時を刻む道具、時計を置く。時計が家にあることは、金持ちにとって一種のステータスとなるのだ。

 しかし国際社会の外にある土地では、時間の管理方法は統一されていない。そもそも時刻の規定自体がないところすらあるという。

 アシュラドとマロナが買い物をしながら世間話の調子で時刻について訊くと、

「時刻? そりゃ、時計を見れば解るだろ?」

 と、こともなげに返ってきた。それも、誰に聞いたって同じ答えが返ってくる。

 ふたりは驚きを隠せなかった。なにせ、家に時計があるのは当たり前だ、という話だったのである。さらにそのうちの何割かは、首から提げた丸い金属の塊を見て、現在時刻を分まで答えた。そんな文化は、アシュラドが知る限り国際社会のどの国にだってない。

「一体誰がそんな時計を作ったんです?」

 と訊くと、時計の製造はこの街のとある工房が一手に引き受けているという。

 早速そこへ行ってみたところ、その職人は技術こそ驚愕の精度だったが、時間そのものについては管理もしていなければ知見もなく、あくまで手業にこだわる、正に職人気質だった。

「わしがなんで時計を作ってるかって? 注文があるからさ」

 今度は発注元だという商会に行って話を訊いた。

「何故時計を売るのかですか? いや、親の代からやってるので」

 隠居したという創業者に話を聞きに行った。

「そりゃあんた、金になるからさ。せがれは勘違いしてるかもしれんが、私は時計を売る商売を創業したわけじゃない、時間の概念を売ったのさ。モノではなく、ソリューションを、特にインフラを売ったほうが儲かるし、長続きするって秘訣を教えてもらったんだ」

 こんな調子で、次々と情報を辿っていった。幸いその誰もがこの街にいる人間だったので、行き止まりになることはなかった。そしてとうとう、街はずれにある湖の渡し船の船頭から、

「ああ、その話ならじっちゃんから聞いたよ。とても頭のいいひとから『時間』ってものと、その広め方を教えてもらったって」

 という言葉を引き出した。

 残念ながら祖父は既に他界したとのことだったが、幸い客もいなかったので無理を言って家の中で手がかりを探してもらったところ、大量の手紙が見つかった。

「俺は文字、読めないけどね。じっちゃんは若いころ、騎士だったって言ってたんだ。大ぼらだと思ってたけど、もしかしたら本当だったのかなあ」

 などとひとの良さそうな笑顔で親切に教えてくれた。マロナが手紙を読んでみると、そこには確かに時間の概念に関する解説や、段階を踏んで人々に浸透させるための案、そのために巻き込まなければならない人物などが細かく書かれていた。

(信じられない……こんな……どうすればこんなことを思い付くの?)

 仮に国際社会で既に時刻の運用が行われていることが前提にあったのだとしても、本当に書かれているとおりに事を進められたのだとしたら、神の御技としか思えなかった。

 もし、何度もやり直した結果だ、と言われたら納得がいく。

(間違いなく、これを書いたのが『時の賢者』だ)

 と、マロナは確信した。そしてそこへ書かれていた住所の場所を船頭に教えてもらった。

「ちなみに、最近同じように時刻のことを訊いてきたひとはいる?」

 その質問に、船頭は「いいや?」と首を横に振った。



「というわけで、あたしたちはそこに向かってるってわけ」

「へー」

「そうなんだ」

「うげぇえええ」

 右からパニー、サイ、キリタの反応である。

「あんたらね……これがどれだけ凄いことか解ってないでしょ」

「わ、わかってるよ! ほら、あれでしょ! あれ!」

「そ、そうだよな! あれだよ! あれ!」

「うげぇえええ」

「どれだよ……」マロナは大きく溜息をつく。「まあ、アシュも解ってないだろうけど」

「マロナがすげーということは解ったぞ。横で見てて」

「はいはい、ありがと」

 マロナは引きつった笑みを浮かべる。ほんの少し、照れ隠しが混じっていた。

「とにかく、あれだけ入り組んだ情報のルートを根気よく辿って掴んだ情報なの。他に同じことを訊いたひとはいないって言ってたから、多分、ガダナバの部下たちはしらみつぶしに島を洗い出してるだけだと思う。『時の賢者』が自分でそう名乗ってるわけじゃないだろうから、人海戦術でもそう簡単には見つからないはず。今ならあたしたちのほうが、先に辿り着ける可能性は高い」

「えっ、すげーじゃんそれ!」サイが感嘆する。

「やっぱ解ってなかったな……? つーか、あたしたちの話だけしちゃったけど、あんたらのほうは聞き込み、どうだったのよ? キリタも酒場で聞き込もうとしたんでしょ?」

「……買い食いしてました」

「……飲んでましたぉええ」

 パニーとキリタのひと言で、マロナは全てを察した。無言はせめてもの優しさである。

「ま、とにかくそーいうわけで、ガダナバに追い付かれねえことが絶対条件ってわけだ」

 そのアシュラドの言葉に、一行の表情に緊張が走る。

「俺たちが網にかかるのを待ってあそこにいたんなら、奴は必ず追ってくる。ケツネギ体験のお陰で朝まではうなされるとしても、油断はできん。

 日中歩き通した疲労もあるだろうし、眠気はどっかで限界になるだろう。さらにひとり、勝手に瀕死の奴もいるが……そういう事情だから、明るくなる前に行けるとこまで行くぞ」

 キリタが情けない顔で呻くが、あとの三人は口々に同意を示した。

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