第44話 『時の賢者』の居場所
一行はその足で宿に戻ると、すぐに荷物をまとめて宿泊をキャンセルし、島の奥へ向けて進むことにした。闇の中松明を掲げ、足元を照らしながら木々の中を慎重に進んでいく。
「ちょ、待って、頭痛い、気持ち悪い……うげぇえええ」
最後尾のキリタが歩きながら吐く。意識が戻ったら今度は全身に回ったアルコールで気分が悪くなった。鎧も、アシュラドに『操作』されて着たから微妙に左右が違ったり、後ろ前になっている。今も、歩いているのはアシュラドの『操作』、吐いているのは自身である。
「なにも夜通し移動しなくても……」
青ざめた顔で愚痴っぽく呟くと、前から二番目のマロナが耳ざとく聞きつける。
「仕方ないでしょ! あの街にいたらやばいんだから」
「でも、どうして『操作』が効かないんだ?」これは先頭のサイだ。
「そうだよ。つーか解ってたなら予め言ってよアシュ」
「すまん。以前は確信が持てなかったんだ」アシュラドはキリタの前だ。「だが、間違いない。奴は普通の生物とは違うプロトコルで身体を操っている」
「プロ……?」その前のパニーがぽかんとする。
「通信規約というか作法というか。細かい違いはあれど、どの生物も大体は脳から身体を動かす仕組みは同じなんだ。俺の『操作』は種族ごとの微調整はしているが、全く応答がないなんてことはない」
「えっと……?」パニーは余計にこんがらがる。
「パナラーニと初めて会ったとき、容易に『操作』できなかった。だがそのときは、俺が発する命令よりお前が脳から発する命令のほうが強いから、というのが解ったんだ。綱引きみたいな感触だな。きっとヴィヴィディアは元来そういう性質なんだろう」
「ふむふむ」
「しかしガダナバに『操作』命令を出すと、レスポンス自体がない。エラーが返ってくるならまだ調整の余地があるんだが、なにもないと、手の打ちようがねえ」
「なるほど」パニーはやや芝居がかった口調で頷く。「わかんないや」
「要はパニーに『手を挙げて』って指示したときは『やだよー』って返ってくるんだけど、ガダナバに『手を挙げて』って言うとガン無視されるってことだね。やだ、って言われたらなんで? って聞いたりして説得に繋げられるけど、無反応だと困っちゃうでしょ?」
「おお、わかった!」
マロナの補足でパニーが手を打つ。
「しかしそうなると、どう対策するか」サイがひと知れずサングラスを外した。さすがに暗くて視界が悪いらしい。「無策で戦ったらまず勝てないぜ。しかも、敵は奴ひとりじゃない」
「ああ。なんでひとりだったんだろ? 大体、賢者も探さずに飲んだくれてるって……」
マロナの疑問には、吐きながらキリタが答えた。
「多分、おぇええ、網を張ってたんだぉろろろろ。『ひとを待ってる』って言ってた、からぉべぇえええ。待ち合わせじゃないけど、この島で一番大きい街だから、きっと酒場にずっといればぁあああああ、そのうち来るって言っておおおおお……」
「やめてよ、こっちまで気持ち悪くなる」
「んなこと、言われてもぉおおお。部下たちに『時の賢者』を探させて、自分は邪魔になりそうな奴らを待ち伏せしながら酒を飲んでたんだぉえええええ。つ、つまりうぷ」
「自分ひとりで十分だ、っつー自信があったってことだな」
結論をサイに言われ、キリタは力尽きるように項垂れた。
「恐らくもうひとつ、理由がある」
「なに? アシュ」マロナが訊く。
「奴は『人間』に対しては、人道的な男だ。キリタタルタと飲んでいたんだろう?」
「キスまでしてたよ」
「え……なんで?」パニーは生理的嫌悪をあらわにする。「けどたしかに、キリタとなかよくできるなんてそーとー人間できてないと」
「僕をなんだと思ってるんだパニぉええええええ」
アシュラドが話を戻す。
「むしろひとりのほうが、部下たちを武器にされないと考えたんだろう」
「あ……そっか」
たとえガダナバに『操作』が効かなくても、部下たちを『操作』してガダナバを襲うことはできる。同士討ちを避ける意図なら、ガダナバがひとりなのは当然とも言えた。
「つまりさっきは俺たちにとって最悪な構図だったんだ。ガダナバと戦うときは、必ず奴の部下を巻き込む。まずはそれが、今後の大前提になる」
解った、とそれぞれが了解の意を示す。
「ところでさ、わたしたち、今どこに向かってるの?」
パニーの質問に、先頭のサイが首をかしげる。
「……さあ?」
「しっかりしてよとーちゃん!」パニーが手を伸ばして背中をぶっ叩く。
「い、いや俺はマロナに言われるまま進んでるだけで」
「とーちゃんて」元はと言えばそうしろと言い出したマロナが苦笑いする。「大丈夫。行くべき場所は解ったから」
「え?」
「そうなのか?」
パニーとサイが声を揃える。アシュラドが答えた。
「突き止めたんだ。『時の賢者』の居場所を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます