第32話 男にエッチなことをさせてお金を稼ぐ
「どうして僕が荷物持ちなんだ!」
キリタが鎧をフル装備して専用武器を背負い、さらに肩と腕に大量の荷物をぶら下げながら文句を言う。
翌朝、一行は家を出た。野菜を収穫し、昨日狩った獣の肉と毛皮を処理したものをまとめ、旅の荷物をつづらに詰め込んだ。その半分以上はサイが背負い、両手に抱えたが、持ちきれない分をキリタに持たせている。
「僕は元々重装備なんだぞ!」
「それはあんたの勝手でしょーが」
マロナにひと睨みされると、とっさに声が出なくなってきた。が、そこは元王子の威厳とばかりに、上擦りながらも言い返す。
「あ、アシュラドはどうして手ぶらなんだ。元々軽装なのに」
「アシュは、突然獣とか敵が襲ってきても対処できるようにだよ。消耗してると、とっさに『操作』が使えなくなるから」
任せとけ、というようにアシュラドが拳を作る。
「そ、それを僕がやるんじゃ駄目なのか?」
「あのね、あんた広い場所じゃないと戦えないでしょ。街までは足場の悪い密林だよ?」
「ぐ……っ」
正論に納得してしまい、言葉が続かない。
「あの、マロナ。わたしも持つよ?」
力はこの中で一番あるパニーが申し訳なさそうな顔をする。マロナは自分の荷物を背負っているが、パニーはそれすらない。ただ、中身の入っていない籠を背負わされている。
「ああ、いいのいいの。その籠だけで」
「でも、なにも入ってないよ?」
「これから入れてくから」
その言葉の意味を、道中で知ることになった。
光の差し込む神秘的な景色の中を行く途中、マロナは何度も立ち止まってはしゃがみ込み、植物を採集してはパニーを呼んで、籠の中に入れていく。どうやら薬草や食用の植物をめざとく見つけているらしい。
「これ、どうするの?」
「んー、売るか、食べるか」
「すごい……」
そのたくましさに感嘆する。生えている植物は全て雑草にしか見えないパニーには、見ただけで判別できることも驚きだった。
マロナが採集している間も、荷物を持つサイとキリタはいちいち足を止めないので、段々前方との距離ができていく。アシュラドは中間くらいを意識して歩いていた。
マロナと並んで歩くパニーは、歩くだけだと退屈なので、なにか話をしたいと思った。不意に、サイとアシュラドに無理矢理連れ込まれて、初めて会ったときに抱いた疑問が浮かぶ。
「あのさ、マロナ」
「んー?」
マロナはきょろきょろ首を振りながら歩く。木の根が張り巡らされているので躓いてもおかしくないのだが、足取りは安定していた。
「マロナとアシュラドたちって、どういう関係なの?」
マロナが、足を止めた。まばたきをしてパニーを見る。
「どしたの? 突然」
「あ、いや……ただの世間話。答えづらかったら、いいんだけど」
「ああ」軽く考えるような仕草をしてから、マロナが再び歩き出す。「関係、関係……んん、改めて聞かれると難しいな」
「えっと……ごめん」
「あはは、謝らないでよ。確かに、自分ではあんまり考えたことなかったけど、変な三人組だよね。グラサンマッチョのおっさんと、牙を持つ悪人顔のブレディア。そこに普通の女子、ってなったら脅されて同行してんの? って感じだよね」
「いや」実態としてはむしろよく脅してるのは逆……とは言わないでおく。「マロナも、ふたりに負けないくらいふつうじゃない、と思う」
「そう? どこが?」
「なんでもできるから」
「そんなことないよ」
「あるよ。あのふたりも、だからマロナに頭が上がらないんだ」
そしてそれを、どこかで居心地良く思っているような気配を感じる。だけどどう見ても三人は血縁ではないし、友人関係と言うにも違和感があった。
「そこにヴィヴィディアの姫と変態元王子が加わって、なんの雑伎団だよって感じ?」
おどけて微かに笑い、それからマロナは薬草を見つけたようで、木の根元にしゃがみ込む。
「あたしね、
木に話しかけるような口調だった。聞き違いかと思い、パニーの相槌が遅れる。
「…………え?」
採取した薬草を持ってマロナが立ち上がり、パニーの背負う籠へ放り込む。
「兄さんも姉さんも妹も弟も一杯いる中でね、売られたの。娼館に」
「……商館?」
響きの違いに気付き、マロナは笑顔を作って右手を伸ばし、指でパニーの頬をつまんだ。
「男にエッチなことをさせてお金を稼ぐところだよ」
パニーが自分の間違いを悟って深刻な顔になる。マロナはもう片方の頬も引っ張った。
「そんな顔しないの」
あっさり手を離すと、マロナはまた周囲を見渡しながら歩き出す。淡々と、思い出話をするようなあっけらかんとした口調で続きを語った。
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