第31話 愛に年齢は関係ない
「パニー、おかわりは?」
「あ、うん。ありがとマロナ」
夕食の卓を五人で囲んでいると、パニーの碗が空になるタイミングですぐにマロナが追加を促す。主食の白米の他、色とりどりの大皿料理が並んでおり、全てマロナが作った。
家の裏手には小規模ながら多種の野菜を栽培している自家農園があり、クリムゾンネギや漆黒唐辛子もその一部だ。この管理もマロナが行い、作業は全員でやっている。
また、古代竜の上にあるこの山には小規模な生態系が確立しており、野生の鳥や獣も生息する。肉もそこからサイやアシュラドが都度調達するため、旅の途中とは思えないほど食生活は充実していた。調味料は外部から調達する必要があるため、行く先々で買い揃えている。
「毎日ほんとうにおいしい。食べたことない料理ばっかりで」
パニーは笑顔というほどではないが、興奮した目をしている。
「まあ、庶民の田舎料理だからかなあ」
笑うマロナはまんざらでもなさそうだ。
「そんなこと。ごめんねわたし、たくさん食べちゃって……」
「いやいや、むしろ作りがいがあるよ。最初はちょっと驚いたけどね」
ヴィヴィディアのカロリー消費量は、『人間』の比ではない。つまり毎日大量の食物を摂取しなければ生命を維持できない。これまで城ではまともに料理を味わうことはなく、生きるのに必要な量だけを作業のように食べるだけだったのだが、『人間』からすればそれでも成人数人分はたいらげていたので、城の者たちからはその点をあまり心配されていなかった。
アシュラドやサイも比較的大食らいであるが、食事を楽しむことを思い出したパニーと比べれば昆虫と熊ほどの違いがあり、初めのころは食事の度にぽかんとしていた。見られていることに気付いたパニーが恥じらって遠慮しようとしたので、慌てて全員で態度を改めたというわけである。もしパニーがふたりいたら、この山の食物連鎖のバランスは崩れてしまいかねない、とマロナは内心ひやひやしている。
そんなわけで、毎回まるで宴会のような量が並ぶのだが、食事が終わるころにはなくなっている。それでも食べながら消化するパニーの体型は、大きく変わることはなかった。
「ははっ、食べてるところも可愛いなあ、パニーは」
顔面全体に皺を寄せて至福の笑みを浮かべるキリタは、料理よりもパニーを眺めている時間のほうが長い。
「きもい」
もはやパニーは諦めたようにひと睨みするだけで、相手にしない。
「あのさ、今までスルーしてたけど、そろそろ話題に挙げていいかな?」
「なんだよ?」
マロナに返事をしたキリタの声は、パニーに向けるのとは高さがまるで違う。
「あんたのロリコン趣味について」
「違う!」
驚くほどの強さで否定され、マロナは本気で首をかしげた。
「え、だってあんたパニー好きなんでしょ?」
「そりゃあ好きさ! 魂を懸けて大好きさ!」
力強く拳を握ってマロナに詰め寄る。
「近い、近い」渋面で額を掴んで引き離す。「その『好き』はなに? 家族的なやつ?」
「家族……いいね」引き離されたことなど意に介さず、キリタは陶酔顔になる。「子どもは最低五人欲しい」
「やっぱロリコンじゃん!」
マロナが思わず立ち上がって額を叩く。ばちん、といい音がした。
「な、なにするんだ。仮にも一国の王子に向かって」
「元、でしょーが」
全く臆さず言い返され、キリタは不服そうながら、
「き、君たちは誤解してるんだ」
とやや落ち着いたテンションで言った。
「なにを?」
「僕とパニーは同い年だ」
真顔で言い切ったキリタの言葉に、マロナは正面のサイと顔を見合わせる。
数秒の間ができて、ふたりは思い思いの表情でキリタを見つめた。
(精神年齢の話か……納得)
(こいつ……頭おかしいんだな)
「君たちのその解釈絶対違うからな!?」
「や、だってあんた、十代前半は無理あるよ?」
「僕は二十二だ」
「……もうちょっと大人らしくなんなよ」
「大きなお世話だ!」
「つーか、じゃあパニーも二十二ってことでしょ? あり得ないじゃん」
「わたし、二十二だよ」
キリタとマロナの間に、食事を続けていたパニーが平然と言葉を差し挟む。
「……え」
「マジ?」
意味が解らない、という顔のマロナとサイと違い、アシュラドは真顔で言った。
「つまり『人間』相当で十一ってことだろ?」
「うん」パニーがもぐもぐしながら頷く。
「アシュ……知ってたの?」
「まあな」
「早く言えよ!」
「別に……なんか問題か?」
ヴィヴィディアはその強靱な身体を作り上げるためか、成長の速度が『人間』より遅く、おおよそ二倍だと言われている。脳の変化を含むため、精神年齢も同様、要は『人間』から見れば単純に、二年に一歳分歳を取る。
「まあ、そりゃあお前は……アシュもそうだもんな」
サイの発言に、今度はパニーが怪訝な顔になる。
「どういうこと?」
「ああ。こいつも『人間』とは歳の取り方が違うんだ」
「え……何歳なの?」
「何歳だと思う?」マロナが悪戯っぽい笑みで訊く。
「んー」パニーが手を止めてアシュラドをまじまじと見る。「『人間』で言うと……たぶん二十歳くらいだよね?」
「お、当たり」サイが指差す。
「じ、じゃあ……もしかして四十歳とかなの?」
「十歳だ」
アシュラドが答えを言った。
「えええっ!?」
「嘘だろっ?」
パニーだけでなくキリタも驚きの声を上げる。
「別におかしくはないだろ。ブレディアの成長速度は『人間』より獣に近い、ってだけだ」
「あたしも二年前、会ったころは納得できなかったけどね。あたしの感覚じゃ、八歳ってまだほんの小さな子どもだったし」
「う……? ていうことは、わたしの『人間』相当年齢とアシュラドの実年齢が同じくらいで、アシュラドの『人間』相当年齢とわたしの実年齢が同世代で……?」
混乱したようにパニーが頭を抱える。
「そういうの考え出すときりがないから。あたしだってパニーが実年齢じゃ年上だって聞いて、ちょっと複雑な気分だよ」
「あ、マロナはいくつなの?」
「あたしは十七」
「へぇーっ!」
「ええっ? それでその肝っ玉かあちゃんぶりなのか! 結構老けてるな!」
キリタが叫び、空気が凍り付く。サイとアシュラドは「馬鹿」という顔で目を逸らした。
「あぁ?」
意外と長い指で顔面を鷲掴みにされ、キリタは
「思ったとおりお若いんですね」
と真剣な声で呟く。こうして少しずつこの家での立ち居振る舞いを覚えていくのである。
「でも、わたしももっと年上だと思ってた。マロナって綺麗だし、なんでもできるから、すごいなって」
パニーはお世辞でもない口調で言う。料理や菜園の管理だけでなく、掃除も洗濯も基本的にはマロナが仕切り、その手並みが魔法のように鮮やかなのをこの数日で何度も見ていた。そのほか、散髪の腕も見事だったし家計管理の帳簿を書くところも見ているので、算術まで身に付けていることになる。
『戦い以外は大体あたしの担当』
とうそぶいていたが、事実そうだろうとパニーは思っていた。サイやアシュラドはことあるごとにマロナの機嫌を伺っているが、嫌がっているようには全く見えないこともそれを証明している。この家の生活を支えているのは間違いなくマロナだった。
まだ怪我が治りかけなので手伝いをろくにできていないパニーは、
「わたし、マロナみたいになりたいなぁ」
と、感心しながら言ったのだが、それを聞いたサイが
「え……」
と、なにを想像したのか青ざめて震え出し、マロナに頬を引っぱたかれていた。
話題がひと段落して、それぞれが食事を再開したころ、そのサイが
「ところで、誰か俺には訊かないの? 年齢」
と、ねだるように言った。しかしアシュラドとマロナは「知ってるし」と言い、キリタとパニーは「どうでもいい」「興味ない」と一蹴する。
「つーかキリタ、あんたやっぱロリコンなんじゃん。結局パニーは十一歳相当なんだから」
「僕が成人してから今のパニーを好きになったならそうかもしれないけど、小さいころから好きだったんだから違うだろ」
「でもあんたが仮に十歳から好きだったんだとしても、そのころパニーって見た目は五歳相当だったんでしょ? 十六歳のときは八歳相当だし、幾つのときに好きになったとしても」
「愛に年齢は関係ない!」
「うわ開き直ったよ」
マロナが話題を変えてしまい、そのまま流れていきそうになる。させじとサイは眉をハの字にしながら、切実な声で
「俺は三十五だよ!」
と叫んだが、一同はやはり「ふーん」と薄い反応を返すのみだった。
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