第2章 時の賢者
第30話 極北の島へ
北の地に、時の理を知る賢者あり。
過去と未来の狭間を自在に操る術を以て、世に常ならぬ変化をもたらす。
第三の目を持ち、名をナウマという。
「で……その賢者の住む街が、この島にあるの?」
「そうらしい」
パニーとアシュラドが言葉を交わしているのは、家の屋根の上だ。
アシュラドによる竜の『操作』によって、徒歩と船なら数十日はかかる距離を、幾つかの街に立ち寄りながらも僅か数日で移動した。そしてやってきたのは、極北の島である。
島と言っても低空からは一望できないほど広く、その外周は全てが断崖になっており、船をまともに着けられる港などはない。大半が密林に覆われており、竜が着陸できるほど広い場所は限られるため、島の西部の端にある砂丘を緑地化することになった。
一番近い街でも大分遠そうだが、ここからは歩いて移動するしかない。
世界に点在する国々のうち、国際社会の範疇は半分にも満たないとされている。国交がない国は発展途上の未開地域とされ、移動手段もなく、冒険家の本当かどうかも解らない報告によってのみ、その存在が知らされる。
極北の島、と言ってもつまり『国際社会の最北の国からさらに北へ進んだ島』という意味であり、さらにその先にはいくらでも世界が広がっていそうな気配がある。気候は大陸の中央にあったセルクリコや、南方の端にあるサバラディグとさほど変わらず温暖だ。
未開の地であるため地図もなければ情報も乏しい。ただ、この島に『時の賢者』が住むという情報をたよりに来た。
「俺たちがサバラディグへ行く前の状況からすると、『奴ら』の本隊は既にこの島に辿り着いててもおかしくねえ」
気を遣ったのか、アシュラドは元セルクリコ軍の『人間』の残党を『奴ら』と呼んだ。パニーもそれに合わせる。
「まだ『奴ら』は『時の賢者』を見つけてないのかな?」
「多分な。『奴ら』が過去に戻って歴史を変えたのなら、今俺たちはこうしていられないだろう。まあ、これが既に変わった結果なのかもしれないが……考えるときりがねえ」
「う……たしかに、こんがらがる」
パニーが眉根を寄せて頭を抱える。
その額には白い鉢巻きが巻かれている。髪を短く整える際、前髪が短くなると子どもっぽいから嫌だと言い、しかし時々邪魔になるからという理由で上げている。桃色の髪は長かったころよりやや跳ね気味で、顔全体を活発な雰囲気にしている。
旅に出てからよく食べるようになったからか、肌の色つやはよくなり、頬は健康的にふっくらしてきた。大きく、よく光を反射する紅い目はサバラディグにいたころよりしっかりと見開かれ、唇は真一文字で表情に愛想はないが、拗ねた子どものような愛らしさがある。
服は、肩を出した真っ赤なミニスカートのドレスの上に白い大きめのタンクトップを羽織り、下には七分丈の緩やかなラインのパンツを履いている。靴は踝丈の丈夫な革靴だ。腰には革のベルトを巻き、そこに幅広の短刀を鞘ごと提げている。両腕には籠手代わりに丈夫な布のカバー。全て激しく動き回ることを考慮した装備だった。
「ここからどうするの?」
木しか見えない景色を前に尋ねると、アシュラドは相変わらず全ての歯が牙のように尖った口で笑い、爬虫類のような黒目の小さい眼球でパニーを見下ろす。
「とりあえず街に行って地道に情報収集するしかねえだろうな。ある程度の日数ここを離れる準備をして……今日はもう日が暮れるから、明日から」
「うん、わかった」
アシュラドをよく知らない子どもなら『お前を食ってやろうか』という表情と誤解しても仕方ないが、既にパニーは驚くこともない。むしろ、見慣れた今は親しみすら覚える。
「じゃ、下りるか。元王子がさっきからうるさいしな」
意識して無視しているが、下ではキリタが「早く下りて来い!」と喚き続けている。屋根に上れるのは身軽なパニーとアシュラドだけである。家の中で話していると普通の会話でもキリタがすぐ横やりを入れてくるということもあって、ここに来た。
「はあ……うざい」
心底本音で漏らすと、アシュラドはキリタに同情するように苦笑した。
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