第29話 こんなところで押し倒すなんて
「駄目だよーこんな無造作にやっちゃ。折角綺麗な髪してるんだから」
パニーを椅子に座らせ、マロナはハサミを手に、その後ろに立つ。雑に一直線だった毛先を整えていく。リズミカルな音と感触に、パニーはくすぐったそうな顔をした。
「ありがとう、マロナって親切だね」
「俺たち以外にはな」
サイの小声にマロナは敏感に反応する。
「あ? お前今度から自分で飯作るか?」
「マロナってすげえ親切だよな、うん」
サングラスの位置を直しながら真顔で言い直す。
「パニー!」
そのとき突然ドアが開いた。全員視線を向けると、息を切らすキリタが立っていた。
「キリタ!? なんで」
「僕も行く」
キリタは右手に、パニーの髪の束を握っている。
「はぁっ? なんでさ! てゆーかそれ、持ってきちゃったの?」
「大丈夫。半分は置いてきたから。君が言ったとおり、君は賊の手にかかって死んだと発表する。そのほうが君の安全を考えてもいいしね。だけどもうひとつ」
キリタはそう言ってパニーの眼前まで移動した。
「僕も死んだことにする」
「は?」
あまりに意味が解らず、パニーの表情が固まる。
「王子の身分を捨ててきた。もう僕は、ただの美青年……君のために生きるのに、なんのしがらみもない。ついてくるなって言っても無駄さ! ハハハハハ!」
「こいつ……マジか」サイが呆れ顔になる。
「美青年……」アシュラドが胸焼けしたように言う。
「疑問に答えてないんだけど」と言ったのはマロナだ。「なんでその髪を半分持ってきたの?」
何故かキリタは得意げに胸を反らし、軽く自分の前髪をかき上げる。
「もちろん、愛しいパニーの髪を肌身離さず持っていたいからさ! これがあればどんな困難にも耐えられる!」そして思い切り鼻の穴を膨らませ「いい香りだぁ」と身を震わせた。
その瞬間パニーが泣きそうな顔になって立ち上がり、
「かえせっ! 帰れぇええええええええええっ!」
と全力で跳びかかるのだが、倒れ込みながらキリタはむしろ嬉しそうに笑う。
「やだなぁパニー、こんなところで押し倒すなんて。でもウェルカム! あ、痛い。痛いよハハ。あ、さっき言い忘れたけど髪短いのも似合うね、凄く可愛いよハハハハハ」
マウントポジションで顔面を殴られているのに笑みを絶やさない。
「……どーすんのアシュ」
マロナが振ると、関わり合いになりたくない、というようにアシュラドは横になってそっぽを向いた。サイも顔を逸らす。
「……ご飯作ろ」
マロナも気持ちを切り替え、家事に逃避する。
パニーはその後キリタが気絶するまで殴るのだが、それでもキリタは髪を離さなかった。
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