第21話 柔らかい身体のどこを

 パニーたちは、山ごと宙に浮かび、飛んでいた。

 その山は大地の上ではなく、古代の竜の上にあるものだという。

「……意味がわからない」

 説明を受けても、パニーはそう言った。先ほどの光景を見せられては信じるほかないのだが、想像を絶する現実に頭がついていかない。

「大体、本当だとして、どうして竜が思いどおりに飛んでくれるの?」

 と、言っている途中で気付いた。

「まさか……」

「ああ。『操作』してる」

 途方もないことをさらりと言ってのけるアシュラドに、パニーは目眩がした。

「詳しく話すと長くなるから割愛するが、竜は仮死状態にある、と思え。自分の意識はねえ。だから、身体を拝借している」

「こ、こんな大きいものまで『操作』できるの?」

「実は、意識のないものなら大きさはあまり関係ねえんだ。同じひとつなら、虫だろうが熊だろうが『操作』の労力は変わらん。同時に何体操作できるか、のほうが難易度が高い。今は……さっきから何度か試してるんだが、二体以上の操作ができねえ。調子が悪い」

 なんでだろうな? という顔になる。

 漆黒唐辛子のせいだよ、とは言わず、「そのうち回復するよ」と言っておいた。

「さて、着くぞ」

「もう!?」

「ん? …………あれは?」

 アシュラドが前方を見て怪訝な声を出す。パニーも同じほうを見ると、夕焼けの赤とは異なる赤色が、ところどころ街と城を染めていた。

「……火、だと」

 パニーが息を呑む。アシュラドはその手を取って、屋根から飛び降りた。

 下ではキリタが待ち構えていて、すぐに突っかかる。

「貴様! パニーの柔らかい身体のどこを」

「奴ら城と街に火を放ちやがった!」

「……なんだって?」

 パニーが脇目も振らず走り出す。

「あっ、パニー! 待ってよ!」

 その後をキリタが追う。

「おいっ、ここは空だぞ! どう降り……くそ、仕方ねえか」

 城の裏手門側からしばらく行くと、荒野が広がる。アシュラドはそこへ着陸するつもりだったが、ふたりはその前に飛び降りかねない。

「マロナは軍服どもの手当を頼む! サイ、行くぞ!」

 後を追いながら『操作』を行使し、竜の高度を落とす。

「ちっくしょぉおおっ! 痛……あ、慣れてきたかも」

 顔をしかめながら、ずっとうつぶせだったサイがやけくそ気味に立ち、内股で走り出す。

 家は竜の頭の近くにあるから、走ればすぐに首の付け根に行き当たる。アシュラドが城のすぐ傍まで横付けすると、そこから躊躇なくパニーは屋上の燃えていない部分に飛び移った。

「うぁあああああっ!」

 キリタが悲鳴か雄叫びか判別不能な叫びを上げて続き、重量のせいか床を突き抜けた。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」声が遠くなり、聞こえなくなる。

「……あいつ、死んだ?」サイが呟く。

「とりあえず放置だ。俺たちも行くぞ」

 アシュラド、サイも続き、難なく着地した。

「サイ、パナラーニを頼む」

「お前は?」

「火をなんとかしてみる」

「解った!」

 凄まじい脚力で城内に入っていくパニーを、ネギを左右に振りながらサイが追う。

 アシュラドは引き続き竜を『操作』し、一旦高度を上げた。羽ばたきのせいで火があおられてしまうのを避けるために。

 頭の上も背中も尾も、全身に土が載り、木々が生えている姿は一見すると動物らしくない。空を覆い尽くすような翼だけが生々しい皮膚の感触を持ち、あとは山そのものが動いているようだった。顔の部分は鰐か蜥蜴を百倍くらい凶悪にしたような形状で、目にあたる部分は閉じている。

 アシュラドは辺りを見渡す。石造りの建物のあちこちから火が飛び出しており、眺めると街のほうにも燃え広がっている。逃げ惑う人々、消化を試みる人々が溢れている。

「さて……とは言えどうしたもんか」

 数秒だけ考えて、アシュラドは次の行動を決めた。

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