第16話 悪人が属する種
戦いを目の端に捉えながら、パニーは改めてマロナに話をするよう促した。
「どこからどう話すのがいいか解らないけど」
と前置きしてから、マロナは話した。
「あたしたちは『時の賢者』が実在するっていう情報を、奴らから聞いたんだ。正確には、サイが。元々あいつがひとり旅をしてたころの知り合いに、ある街でたまたま再会して……仲間にならないか、と持ちかけられた。聞けばそいつはセルクリコの軍人で、典型的な『人間』至上主義だった。昔はそうじゃなかったらしいんだけどね、ヴィヴィディアのひとに、なにか理不尽な目に遭わされたみたい」
多少言いにくそうにして、マロナは自嘲する。「悪人が属する種を丸ごと憎んだって仕方ないのにね」とでも言いたげな顔だった。
「焦土と化した国を捨て、それでも数百の残党が解散しなかった目的は、ふたつ。
ひとつは『時の賢者』を探し、戦争をやり直して今度こそ国を『人間』のものにすること」
マロナは淡々と事実を言うだけの口調で、そこには悪意も、賛意もない。
解っていてもパニーの目尻は僅かに歪む。マロナが気付いて申し訳なさそうに笑うので、パニーは誤魔化すように先を促した。
「もうひとつは?」
一拍置いてから、マロナは戦うキリタらのほうを見て独り言のように呟いた。
「生き残りの皆殺し」
予想できていたことではあったが、言葉として聞くと、すぐに反応できない衝撃があった。
「……どうして、そんなこと」
「あたしもそう思うよ。だけどもう、それが奴らの生きる意味になってしまったんだろうね。過去に戻るのと平行して、奴らはその馬鹿げた任務を遂行しようとしてる。さすがに大半は『時の賢者』を探すのにあてがわれたみたいだけど」
生き残った自分を殺すために、サバラディグまでやってきた軍の残党。
パニーは怒りというよりは、あまりにその行為が不可解でやるせなかった。いくらこの国が小国でも、正気の沙汰とは思えない。
「それで……まあ、アシュもあいつらから見れば鬼の類で、殺すべき敵なのよ。それで奴らと一悶着あって……奴らの目的を知った上で、宣言したの。
『俺たちも賢者を探す』
『だがパナラーニ姫も殺させねえ』
って。それから先回りしてこの国に来たってわけ。で、今に至る」
マロナの説明はあまり丁寧とは言えなかったが、だからこそ、パニーは足りない部分を想像で補う。そして気付いた。
「……じゃあ、まさか。わたしをここに連れだしたのは」
「奴らから守るため」
とパニーの思考を言い当ててから、マロナは笑って手を振る。
「なーんて、思っちゃ駄目だよ? そんな立派なもんじゃないから。
城にいるより自分といるほうが安全だなんてのは傲慢だし、この国の兵力に対して失礼だ。それがたとえ、事実だとしてもね」
マロナがパニーを懐柔するために言っているわけではないことは、最後の台詞で解る。
アシュラドは確かに反則のような力を持っている。とは言え個人が一国の軍隊よりも頼りになるというのはさすがに無理があると思うが、マロナがそう信じていることは解った。
「だからあいつらに代わって謝る。無理矢理連れてきたことは本当にごめん」
「あ……う、ううん」
改まって頭を下げられ、思わず慌てる。
ちょうどそのときパニーの頭の中で、インプットされた情報が組み合わされ、ひとつの結論を導き出した。
アシュラドは連中を「少ない」と言った。
ムツリは「我々の役目は足止め」と言った。「姫は城にいる可能性が高かったから」とも。
どうしてすぐ気付かなかったのか、パニーは自責に駆られる。
大きな目を目一杯開いて、嫌な予感を押し潰すように胸を押さえる。言葉にしようと口を開きかけたとき、キリタに突進したムツリが、刃を砕かれて回転しながら地面に落ちた。
「城が……城が危ない!」
ちょうど静かになったところへ、声はよく響いた。全員の視線が、パニーに集まる。
「……城が?」
そう反応したのは、アシュラドだった。
「アシュ。耳が聞こえるようになったの?」マロナが訊く。
「あ?」アシュラドは首をかしげる。「なんだって? もっと大きい声で言ってくれ」
聞こえてなかったことにも、まだ耳が遠いことにも気付いていない様子に、マロナは溜息をつく。次に言葉を出したのはキリタだ。
「パニー? 城が危ないっていうのは?」
「く……くく」仰向けに倒れ伏したムツリが苦痛に耐えながら笑う。「もう遅い、五十の精鋭が向かった。色鬼を匿った罪で、この国の王家は滅びる。姫がここにいるのは誤算だったが、さっき伝令も向かわせた。城を制圧した後は、お前たちの番……だ……」
ムツリの言葉が途切れる。マロナが苦い顔で理解を表す。
パニーは知っていた。セルクリコの内乱では、ヴィヴィディアに肩入れする少数の『人間』も、同じように殺されていったということを。
軍服たちは、サバラディグの王城にいるはずのパニーを暗殺するつもりだった。それと共に、ヴィヴィディアを匿った王族も亡き者にしようとしている。ムツリらは邪魔になるアシュラドたちを足止めしておくのが役割であり、それは達せられた、とムツリは言ったのだ。
「アシュ! こいつらの目的はパニーだけじゃなかった!」
「…………なるほど」
マロナの大声に伝えられ、アシュラドは片目を半眼にして、舌打ちする。
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