第17話 ヒステリックな女を相手にするときと、上官を相手にするときは同じスキルが要る
「……紅い色鬼がいない?」
豪奢な椅子に座って部下からの報告を受け、眉を潜めた男は少年のように背が低く身体が小さい。肌の色は色素が薄く顔立ちも幼いが、目の下には病的なほどの隈が浮かび、瞳の色は部下たちがまともに見ることができないほど濁り、静かな威圧を放っている。髪は軍帽から黒い癖毛が寝癖のようにあちこちへ散らばっている。
「先行して潜入した者の報告です。街でも噂になっていました」
男の目の前には長い長いテーブルがあって、その上には色とりどりの料理が並んでいる。そこから骨付きの肉の塊を指でつまみ、軽く舌でしゃぶる。
「ふぅん。それで? どこに行ったって?」
「目撃者の話によると、どうやらあの牙鬼に連れ去られたようです」
「なんだよ」
報告した部下の額に、骨が当たる。男が放り投げたのだ。
「言うまでもないことだが、君」
「は、はい」
「戦に勝つためにはなにが必要だ?」
「……武力、です」
「あとは?」
男は手掴みで煮魚の身を取って、指ごと舐める。部下がなかなか答えられないでいると、酷く冷たい目を向け、魚の骨を飛ばした。
「情報、だよ」
「う……は、い」
「武力は選べる選択肢の幅を広げるが、情報は選択肢そのものを作り出す。いつ、どのタイミングでどの情報を手に入れてるかで、その先の展開はほとんど決まる。ほら、『時の賢者』の情報を、内乱時点で手に入れてたら……そもそもこんなことにはなってないわけだ」
「はい……」
「おいおい、君さっきから『はい』ばっかだな。自分の頭でちゃんと考えてるか?」
「……はい」
「ほらまただ。
君は今、こう考えているだろう? 『とは言え、他の答えなんて言いようがない』と。
確かにそうだ。『いいえ』と言ったら僕の心証を悪くするからね。
こんな風に、質問というのは時に答えが決まっている。基本的に、ヒステリックな女を相手にするときと、上官を相手にするときは同じスキルが要ると思ったほうがいい」
「は……あ……」
「ジェシル中隊長!」
そこへ扉の向こうから、違う部下が入ってくる。
「なに?」
「牙鬼のところに紅い色鬼がいました! 現在ムツリ小隊長以下八名が交戦中!」
「ああ」大袈裟に溜息をついて、ジェシルは掌をやれやれというように返す。「だから言っただろう」
「は……?」
「情報が遅い。遅過ぎる。これは由々しき事態だ。僕らはどうやら、とんでもなく後手後手に回っているらしい。
さぁて、どうしようか」
テーブルクロスで手を拭き取り、ジェシルは腰から一本のナイフを取る……と部下が認識した瞬間には既に前方へ投げていた。その刀身が、壁に刺さる。
「なあ、サバラディグ王」
視線を向けた長いテーブルの先には、立派な顎髭を蓄えた、温和な目の中年が座っている。だが今はその目が大きく見開かれている。たった今、投げたナイフが頬を掠めた。
王は声を出すことも許されず、数名の兵に囲まれ、刃を向けられていた。
食事時に音もなく王城へ侵入したジェシルらは、城の大半の者に気付かれることなく、最短経路で王に辿り着き、最小限の武力行使で制圧を完了していた。
「紅い色鬼の前で殺してやろうと思ってたんだけど、さすがに連れて行くのは骨だな。
だが待つのも嫌いだ。今殺すか、後で殺すか……」
誰ひとり発言を許されないような空気の中、ジェシルだけが気楽な調子で指をくわえ、考える仕草をする。そして十数秒後、「決めた」と呟いた。
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