第15話 胸を触られた女性

「な、何者だお前は」

 首から上だけでわななくムツリに、キリタは背筋を伸ばす。

「キリタタルタ・サバラディグ」

「だ……第一王子か……!? だ、だが王子は武芸がからっきしだと」

「まあ、それは認める」

 キリタが、舞った。

 そう表すのが最も適切だろう。次は着地しても動きを止めず、連続して身体を回転させ、武器に導かれるように居場所を変えていく。鎧を含め、圧倒的な重量感の物体が激しく動き回る様に、軍服たちも容易に手が出せない。だが近付いてくると迎撃しないわけにもいかず、手を出しては竜巻に巻き込まれる小石のように、ひとり、またひとりと弾かれていった。

『振り回される』

 と表現したパニーは正しい。キリタは自らの意思で自在に武器を、身体を振るっているわけではなかった。

 幼いころ、キリタはパニーに相応しい男になるため、強くなろうと剣の稽古を重ねた。しかし一向に腕は上がらず、教師にも匙を投げられた。

 さらにショックだったのは、パニーの腕力がキリタより強いことだった。初対面の際、自分より幼く見えるパニーに腕相撲をせがまれて惨敗したキリタは、再会の度に、そこが王族の集まる国際会議だろうがTPOもわきまえず再戦を所望し、その度やられた。各国の王族たちの間でその話は笑いの種となったが、キリタは諦めず、鍛え続けた。ヴィヴィディアとの種族的な差は知っていたが、そんなことは関係なかった。

 小国とは言え王族としての財力を注ぎ込み、筋力向上を試みた。腕を鍛え、腕を支えるための肩を鍛え、肩を支えるための身体を鍛え、とうとう踏ん張るための脚まで鍛えた。食事にも気を遣い、筋力増強の秘薬も試した。

 潤沢な資金と継続的な努力は成長期のキリタの身体を、いつしか国一番の闘技者と比べても遜色ない、どころか圧倒的に上回る水準に押し上げた。二十歳のとき、街に出た暴れ牛を素手で止めたという逸話があるが、事実である。

 しかしそれでもパニーには勝てず、その挑戦は今も続いている。

 だが鍛える過程で武芸については、筋肉が最適解を導き出した。

 力で振るおうとすると、どんな武器でも狙いは定まらない。だが、『置いておく』だけならできる。激突したとき、勝つのはより重く、硬いほうだ。キリタは己が身を、誰よりも重く、硬くすることにした。そして確立されたのが、フル装備の鎧と鋼鉄の鍛えられた二丁の専用鉄棍棒という組み合わせ、そして常に腕で支えるのは困難なため、武器の重さに身体が引っ張られるように踊り続け、その過程で狙ったところに『置いておく』というスタイルだ。

 ただしそれを知る者は国内でもごく僅かだ。理由は単純で、王道からかけ離れているからである。剣は王や兵にとっては、ただ相手を打ち負かすための武器ではない。己だけでなく一族や先祖の誇りを背負い、魂を込めて振るうものとされている。一国の王子がそのような、ともすれば野蛮な戦い方をすると知れれば、弱いとそしりを受けるよりも問題だった。

 かくしてサバラディグのキリタタルタ王子は対外的にはその鍛錬を秘匿され、『戦いが苦手なヘタレ王子』の烙印を押され続けている。だが、

「強い……!」

 仲間たちがやられていくのを為す術なく見ながら、ムツリが唸る。

「何者か知らんが、やるな!」

 アシュラドも感心したように見惚れている。耳が聞こえないのでまだキリタが誰なのか解っていない。

 キリタが七人目に向けて舞う。先程ムツリに胸を触られた女性である。両手にナイフを持って構えているが及び腰だ。回転するキリタを気丈に睨み付けているが、動くタイミングが掴めない。そこへキリタの剣が横薙ぎに払われる瞬間、間にムツリが身体を挟み込んだ。

 両手で軍刀を押さえ、歯を食いしばって受ける。地面を足が滑って土を抉り、一メートル近く動いた。だが、受けきった。

 キリタが意外そうな顔で、距離を取って舞いを中断する。感心するように、笑う。

「大丈夫かっ!?」

 キリタを睨んだまま、ムツリが背後に訊く。女性は震え「あ、ありがとうございます」と言い、それから軽く睨む。「でも、これでさっきのがチャラになると思わないでくださいね」

「大丈夫そうだな!」

 誤魔化すようにムツリが叫んだ。そして軍刀を上段に掲げ、剣を持つ右手を引いて左手を前に突き出し、上半身をねじって構えを取る。

「既に王子まで抱き込んでいたとはな。さすがは牙鬼の英雄というところか。だが」

 なんの話だ? とキリタが整えられた眉を動かす。

「舐めるなよ。『一閃』のムツリ、命を賭してお前たちを行かせはしない!」

 ムツリが、地面を蹴った。

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