第8話 ぐるぐるにな

 城下町を抜けるとすぐ、緑が目に入る。サバラディグは領土の大半が森か、さもなくば荒野である。丘も多く、ほとんどの街は山に囲まれているか、山の中にある。この王都は数少ない平野部ではあるが、他国から来るには高地を経なければならず、しかもその先にはさらに高い山々が広がるのみで、用事がなければ通過するような場所ではない。

 こうした自然環境により守られているからか、国境を除いては特に街と街の間に門もない。サイは森に分け入ると、街道をそのままひた走り、大分長い間移動してから途中で躊躇なく横に逸れた。木々の中に分け入ってしばらくすると、また道が見える。そこで、歩調を緩めてマロナだけを下ろした。

「はー……まだ買い出ししてなかったのに」

 溜息をつきながらマロナが、知っている道だという感じで歩き出す。

 周囲にひとがいなくなった時点で、パナラーニは不機嫌そうに目も口も閉じていた。

「すまん……姫さんもマロナも」

 大きな身体に似合わず、サイはしおらしく肩を落として続く。マロナが口を尖らせる。

「ほんとだよ! あんたら自分がなんて言ったか覚えてる?」

「さあ?」

「さあじゃねーよっ!」思わず口調が乱暴になる。「あたしもついてこうか、って言ったのに『いや任せとけ』って、ふたり揃って言ったんだよ。絶対やばいと思ったけど、あんたらが『たまには好きに街を見物してろ』って言ってくれたから……ちょっと信じたらこれだ」

 いくらでも言葉が出てきそうだったが、こんなことを言い続けても仕方ない、というように止めて、マロナはサイの右肩に顔を向ける。声から、がらっと険を抜いた。

「ごめんね? こいつらがなにを言ったか解らないけど……とにかく謝る」

「……俺たち信用ないな」

「違うの?」

「ごめんなさい」

 仏頂面のパナラーニは、ふたりのやり取りを聞きながら、少し興味が湧いた。

(このひとたちは、どういう関係なんだろう?)

 マロナは細身ですらりと背の高い女性である。緩やかにウェーブのかかった髪は暗い亜麻色で、背中まで伸びている。前髪は真ん中くらいで分かれており、かたちの良い額にはひとつのにきびも皺もない。目は猫のように尖っているがきつい感じはせず、色は黒だ。

 服装は胸だけを覆う山吹色の布に、その下は真っ黒な膝丈のワンピース。肩は鎖骨の下まで露出している。両腕の肘から先は胸当てと同じ色の布で覆われており、地面の近くまで垂れている。服の上からでも、身体のラインが整っているのが解る。

 全体的に健康的な色気のある美人の類だが、パナラーニとは違い、素の状態でそうと言うよりは見せ方が上手い。男が見れば解らないだろうが化粧が板についており、年齢が解りにくい。アシュラドと同じか上くらいに見える。

「……大丈夫か?」

 ぼーっとしていたからか、サイが心配そうに声を掛けてきた。

「え……あぁ」

 思わず連れ去られている状況を忘れて返事をする。

 首から下は相変わらず動かないのだが、不思議ともどかしさはない。ぬるま湯に浸かっているような心地よさすらあった。

 しばらく道を辿ると、唐突に開けた場所に出た。

 木々に囲まれた広場のようなそこには、小屋が建っていた。いや、家というほうが正しいかもしれない。一般的に建物は煉瓦などで作られるのが主流だが、その小屋は木造で、そこを除けば大きさも通常の住宅と変わらない。一瞬、目を奪われるほど稀に見る立派な作りだった。こんな、森の中にあるのが不自然なほどに。

「……なんで」

 パナラーニの怪訝そうな声に気付いたのかどうか、サイが自慢げに「とりあえずようこそ、俺たちの家に」と笑った。

「……旅をしてるんじゃないの?」

 その質問に反応したのは、サイでもマロナでもない。

「旅はしてるが、まあおいおい説明する」

「アシュ」

 気付いたマロナが先に振り返る。アシュラドが軽く息を弾ませていた。

「巻いてきたか?」

「ぐるぐるにな」

 冗談のつもりなのか、サイの質問に肩をすくめ、パナラーニを示す。

 それには反応せず、マロナが腰に手を当ててアシュラドを軽く睨むと、

「とりあえずお茶でも飲みながら、話を聞かせてもらおっか?」

「……あ、うん」

 アシュラドのみならず、サイも同時に視線を泳がせた。

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