第7話 無残に死ね

「おーろーせぇっ! おろして! ひとさらい!」

「舌噛むぞ、黙ってろ」

「誰かぁああっ! たすけてぇええっ!」

「あっ、お前!」

 マントにくるまって顔と足だけ出したパナラーニが、サイに担がれながら喚き散らす。

 アシュラドは首から上も『操作』しようとするが、上手くかからない。身構えられているとやはり効かない。気を抜いたら身体の拘束も解かれてしまうかもしれないので、諦めてサイに口を塞がせる。

「あ、あれはもしかして姫様じゃないのか」

「えっ、なんで」

「まさか……誘拐?」

 風に乗って予想どおりの言葉が聞こえてくるが、無視する。通りを抜け、商店が立ち並ぶ通りに差し掛かり、そこに目で探していた姿を見つけて、アシュラドは叫ぶ。

「マロナ!」

 雑貨を物色していた細い背中の女性が振り返り、一瞬だけ不思議そうな顔をしてから、すぐに事態を察して青ざめた変顔になる。

「あ、あんたら……」

「予定が変わった、逃げるぞ!」

 マロナが目を逸らして、聞こえないふりをする。

「今他人の振りして」アシュラドはマロナに近付きながらラリアットをするように右腕を出す。「どうすんだ!」

 腰に当て、タックルするようにそのまま持ち上げ、速度を落とさずに走る。

「わ、わわっ、こ、こらアシュ!」

 担ぎ上げられる格好で宙に浮いたマロナがアシュラドの肩を掴む。

「話は後だ。とにかく移動する!」

「じ、自分で走るってば! 恥ずかしいじゃん」

「駄目だ、追っ手が来たら追い付かれる」

 気まずそうに頬を赤くしつつ、諦めたようにマロナは溜息をついた。落とされないよう、アシュラドにしがみつく。

「はあ……もう。なんなの?」

 体勢が落ち着いた、と思った瞬間、マロナはアシュラドの手を離れる。

「んっ?」

 放り投げられるような雑さで、さらに太い腕に受け渡されていた。

「な、なんでよっ?」

「俺じゃ不満か」

 サイがからかうように言った。右腕にパナラーニ、左腕にマロナを抱える格好になる。

「これぞ両手に花って奴か」

「無残に死ね」

「なんで!?」

 悲痛な叫びを上げながらも、サイは足は止めない。右側のパナラーニは、口が解放されたので、また「やぁーっ、やーっ」などと喚き始めた。

 不意にアシュラドが立ち止まって、後ろを向く。

「アシュ!」

 マロナの声に応えるように、アシュラドは半分だけ振り返って牙を見せた。

 闘技場の方角から馬に乗った兵が三人、駆けてきていた。

(パナラーニにかけてるから三頭……は無理かな。とりあえず)

 先頭を走る馬の目を睨み付けるようにして、瞼を全開にする。

 馬が、横に跳んだ。

 後ろを走っていた馬はそれを避けようとして、バランスを崩して倒れ込む。その瞬間、アシュラドは『操作』を解く。最初に跳んだ馬も勢いを殺せず、八百屋に突っ込んだ。

 走り続ける残り一頭が眼前に迫る。今度はそれに乗る兵に向け、『操作』を行使する。手綱で急ブレーキをかけられた馬は戸惑い気味に減速し、前足を掲げる。腕以外『操作』されていない兵はその動きについて行けず、落馬した。

 ちょうど倒れた馬と兵が道を塞ぐ形になったのを確認し、アシュラドはサイたちを追った。

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