第6話 精神の異常を疑われるレベル

「………………ん?」

 長い沈黙を経て、アシュラドが首をかしげた。

「えっと」

 空を見て、ああ、聞き間違いかと自分を納得させ、もう一度パナラーニを見る。

「俺たちと、『時の賢者』のところへ行こう」

「や、遠慮する」

「遠慮? そんなのしなくていいぞ?」

「空気読めないなら、言いなおす」涙の跡はあるものの、パナラーニは冷めた目になる。ただしさっきまでの死んだ魚のような目よりは、遥かに感情的な冷め方だ。「や、だ」

「な」

 アシュラドがただでさえぎょろりとした目をさらに開く。

「なんでだ!? 今、頷いて手を取る流れだっただろお前こそ空気読め!?」

「そんなこと言われても」

「俺の言ったこと、合ってたろ? あんな泣いたじゃねえか」

「それは……そうだとしても」

「だったら」

「君たち、怪しいもん」

 ばっさり斬り捨てられ、アシュラドが大口を開けてサイを指す。

「こ……こいつの見た目のせいか。サイ、てめぇこの悪役グラサンマッチョが」

「え、俺なの!?」聞いていたサイが眉をハの字にする。

「だからその妙なドリルヘアーはやめろっつってんだ!」

「悪人面の上に頭からも牙生えてるみたいな髪型の奴に言われたくねえよ!」

「見た目じゃない」

 パナラーニがふたりの間で冷静な声を出す。

「いきなり横入りして兵たちに暴行をくわえて、おもしろくもないわたしを力で無理やり笑わせて、ドヤ顔でわたしの本音を暴露して泣かせておいて『一緒に行こう』って……詐欺師でも、もうすこしうまくやると思う」

「感情的に泣いた割に、極めて冷静な正論……っ!」アシュラドが牙を剥き出す。

「ふはは、やっぱお前じゃねえか。俺は正攻法で姫を笑わせようと親身に身を削っ」

「そっちのひとも」

「え?」

「話長いし意味不明だし、オチのない話をだらだらしたいなら教会行きなよ」

「ぅぉお……」胸を押さえたサイが顔を歪める。

「だいたい、君たち誰? 素性もわからない男ふたりが、いきなり『時の賢者』を探して過去をやりなおそう、って……犯罪か精神の異常を疑われるレベルだと思う。そりゃ、話がほんとうなら……やりなおせるなら、どんなにいいか。けどそんなうまい話を持って寄ってきた知らないひとたちを、信じろって言うほうが無理」

 アシュラドはぐうの音も出ない。

 パナラーニ姫の噂は、ここに来るまでにかき集めた。それが全て外見に関するものだったということに、今気付く。『一族を失った幼い姫君』という情報と、先程までの無感情な様子から、か弱いと勝手に決めつけていた。

 まずったな、と思いながらアシュラドの顔は自然とにやける。

(なかなかどうして、強かで、聡明じゃねえか)

「ハッ……ハハ、ハハハハハハ!」

 声を上げ、高らかに笑ってみせる。パナラーニが訝しんで気を取られた瞬間、

「……う?」

 再び、『操作』で身体の自由を奪う。跳ぶように立ち上がったアシュラドはサイに言った。

「やむを得ねえ、プランBだ!」

 そして先程外して投げたマントを拾い、躊躇なくパナラーニをぐるぐる巻きにする。

「な、なにすっ」

「くっそマジかぁっ!」

 不平の声を上げながら、簀巻きになったパナラーニをすかさずサイが担ぎ上げた。そして走り出す。一目散に、脇目も振らず闘技場の外に出る。アシュラドが後に続いた。

 めまぐるしく変わる状況に思考が追い付かない会場で、いち早く我に返った家臣が叫ぶ。

「ひ……姫様がさらわれたぁあああああっ!」

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