第4話 見えるぞ

 が、それでも我に返って先に動いたのはアシュラドだ。身体を捻って拘束を解きながら、

「サイ!」

 と叫ぶ。

「あいよぉっ!」

 応じる声と共に、先ほど兵士に両脇を抱えられて退場した、色黒で色眼鏡をかけた大男が駆けてくる。巨大な両手を伸ばすと、姫が体勢を整え、片手を突き出して迎え撃つ。

「おおっ!?」

 弾かれ、よろけたのはサイのほうだった。見ていたアシュラドも驚く。

「マジ?」サイが冷や汗を浮かべながら姫と正面から向き合う。「鋼鉄製の人形かよ」

 姫は真顔に戻っている。端から見ればか弱い姫を、大男と牙を持つ男が囲んでいるのだが、実際に圧倒されているのは男たちのほうだ。

「おいアシュ、話はできなかったのか?」

「ほぼひと言目でブチキレられた」

「ええ……お前なに言ったんだよ」

「誤解だ。が、聞く耳持ってもらえそうにねえからな、とりあえず」

 言葉の途中で、アシュラドとサイの後ろからそれぞれ兵士が飛びかかる。アシュラドは兵士の動きを『止め』て背後に回り込んで蹴りを入れ、サイは背負い投げをする。つまり、ふたりの兵士が姫に向かって飛んだ。

 次の瞬間、兵士同士がぶつかる。姫はアシュラドの眼前に移動している。アシュラドは笑う。姫が気付く。すぐ後ろに、サイが迫っていることに。

「くっ!」

 姫が上に飛ぼうとする。アシュラドが囁く。

ぞ」

 また女の子の顔になって姫がほんの刹那だけ躊躇った。

「よっしゃぁあ!」

 その一瞬でサイが追いつき、羽交い締めにして立ち上がる。姫の足が地面から離れた。

「や! 嫌ぁ!」

 姫は駄々っ子のように手を振り回す。サイが「や、やば」と必死の形相で止める。

 唐突に、姫の首から下の動きが止まった。

「ようやく効いたな」

 アシュラドがひと仕事終えた、という顔で地面に座り込んで笑う。

 姫はアシュラドを、仇のような目で見下ろしている。

「そんな顔すんな。危害を加えたいわけじゃねえ」

「姫様!」

 家臣たちと兵らがアシュラドとサイを完璧に取り囲んだ。アシュラドは「ああ面倒臭えな」と半眼になり、膝を立てて立ち上がる。姫に「ちょっと待ってくれ」と言ってから、闘技場に響き渡る大声を出した。

「誰も動くんじゃねえぞ! 解ってんな、動いたらどうなるか」

 肌が痺れるような声量に、周囲が気圧される。サイは薄笑みを浮かべて

「どうなるんだ?」

 と茶化した。アシュラドも「ご想像にお任せするさ」と片眉を上げる。

「つーか、もう姫を下ろしてあげてもいいか?」

「馬鹿。周囲に脅しが効かなくなるだろ。あと万が一俺の力が解かれたらまずい」

「や、解かれたらどうせ俺の拘束、数秒保たないぜ?」

「そこは死ぬ気で頑張れ」

 アシュラドはサイを一瞥してから、ずっと睨まれていたことに気付いて姫に肩の力を抜いた笑みを見せる。ただしその表情も好青年とは言い難く、捕食者のようだ。

「警戒するのも無理はねえ。

 とりあえず説明すると、俺は他人の身体を、自分の身体と同じように動かす『操作』の能力を持ってる。

 生物が身体を動かす仕組みって解るか? 脳が各器官に電気信号を送ることで動かすんだが、その信号を、俺は空気を伝って送れる。ただしそいつ自身の脳から送られる電気信号のほうが強けりゃ操れねえんだ。

 種族的なものか、お前を操るのは難易度が高かった。気が緩んだ瞬間、ようやく効いたけどな。今は、首から下を『動かさない』って動作を」

「その蘊蓄今いるか!? 早く本題に入れ、この体勢だって楽じゃねえんだぞ!」

 サイの抗議に、アシュラドは心外だ、という顔をする。

「敵じゃねえことを示すために、わざわざ能力の種明かしをしてるんじゃねえか。それともなにか? お前はこの可憐な姫が『重い』とでも言いてえのかね? サイ君」

 アシュラドを睨んでいた姫の首がぎぎぎ、と傾く。それでもサイに向くほどは回らないが、

「そそそんなわけないだろちょー軽い! 猪より軽い!」

 ただならぬ敵意を感じたサイは慌てて口走った。

 フォローになってねえぞ、とは思うだけにして、アシュラドは姫に視線を戻す。

「で、だ。この力は『』のもんだ……って言って解るか?」

 アシュラドのほうに戻った姫の目の色が明らかに変わった。

「ブレ……ディア……?」

「そう。それが出てくるなら解るだろ。俺はさっきお前を『ヴィヴィディアの王女』と言った。あの呼び名じゃなくて、だ」

 さっき見せた恥じらいとは違う感情で、姫の顔が感情的に歪んだ。

 それはまるで異国の地で、何十年ぶりかに同じ故郷を知る者に出会ったときのような複雑な無防備さを滲ませていた。

「だから言ったろ? 『本当に知りたいんだ』ってよ」

 裂けた口に牙を持つアシュラドの笑みは物語の悪役じみていたが、ほんの僅か、声色には優しさが混じっていた。

「ようやく話ができそうだな。パナラーニ・セルクリコ姫」

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