第3話 中身見えた
「アシュラド……? さ、参加者か? 順番を守れ」
突然の乱入者に、家臣は戸惑いながら毅然とした態度を取り繕おうとする。
「俺はエントリーしてねえ。様子を見てたがもう十分だ。見てられん」
「な、なにを……」
「あんたら、こんなことを何日続けてんだ。幼い姫を、虐待したいのか」
「き、聞き捨てならんことを!」
家臣の憤りに反応し、待機していた兵たちが身構える。
「我々は姫に笑っていただこうと、国を挙げて!」
「笑えるな」アシュラドは愉快そうには全く見えない笑みで言う。「あんたらと姫のズレ具合が、案外一番面白いんじゃねえか」
「そっ……そいつを捕らえろ!」
指示とほぼ同時に、武装兵四名が前に出てアシュラドを取り囲む。
「怪我したくなけりゃ抵抗するなよ」
そのうちひとりが、儀礼用の装飾が施された槍の穂先を向ける。
「抵抗?」アシュラドは笑みを消さない。「お前たちが、抵抗できるならしてみろ」
「なんだと?」
訝しむ兵に、アシュラドは大股で歩み寄る。
「止まれ!」
兵が槍を振りかぶろうとして、驚愕に目を見開く。その顎を、アシュラドの拳が打ち抜く。
「な……?」
瞳に疑問を浮かべたまま、兵が崩れ落ちて、そのまま倒れた。あとの三人は微動だにしない。武器を構えた体勢のまま、顔は倒れた兵と同じように驚愕していた。
「ど、どうなっている?」
「う、動けん」
「お前たちもか……!」
アシュラドが振り返り、
「どうした? 抵抗してみな」
低い声で囁いた次の瞬間、素早い動作で顎を打ち抜かれ、三人とも倒れた。
「な……なんだ……?」
捕縛を指示した家臣が身体を震わせる。遠巻きだった新手の兵士たち数名が、距離を取ってアシュラドを囲んだ。
「やめとけ」
口から笑みを消し、つまらなさそうな口調で言った。兵たちが呻きながら金縛りに遭ったように動きを止める。そしてアシュラドは視線を頭上の姫に向け、軽く息を吐いた。
「まったく、可哀想だな。お前も、家臣たちも」
姫は相変わらず光の差さない瞳だった。見えているのか、聞こえているのか端からは判断がつかない。顔の向きだけは、アシュラドの視線と合っている。
幼い、とアシュラドが言ったとおり、姫の外見は十歳を超えたくらいだ。背中まで真っ直ぐ伸びた髪は櫛が丹念に通されていることがひと目で解るほど艶やかで、その色は世にも珍しく薄い桃色だ。肌は北の土地に住む動物の毛のように白く透きとおり、手足も身体も『儚い』という形容詞が相応しい細さだが適度な柔らかさを感じさせる。瞳は、紅い。朱色とも赤色とも違う複雑な色合いが混じり合い、この世にふたつと存在し難いような色合いを生み出している。だがその表情には、なんの意思も感じられない。
服は肩の露出した膝丈の、瞳を意識したのか真っ赤なドレスだ。
アシュラドが姫を睨み付け、目を見開く。
そして、軽く驚いたように「ふむ」と口を閉じた。
「兵たちを押さえながらじゃ、効かねえか。さすがは
ほんの僅かに。
傍目から見て解らない程度ではあるが、その言葉のどこかに、姫の目尻が動く。
「これなら?」
呟いた瞬間、アシュラドを囲んでいた兵たちが一斉に体勢を崩した。まるで突然拘束を解かれて勢い余って倒れた、みたいな動きだった。そして同時に、
「はっ……は……はは……ははははは!」
笑い声が響いた。観衆たちの視線が
「ひ、姫様が」
「な、何故」
引きつった家臣らの声など聞こえないというように、姫は口角を上げて声を上げている。目尻も下がり、愉快そうに。
そしてそれは、唐突に止まる。
姫はたった今の数秒が幻だったかのように声と表情を失う。
皮肉げな笑みを向けながらアシュラドが言った。
「これでいいのか? 笑わせる、ってのは」
続いて姫が、目を見開いた。
初めて、瞳に光が差す。声こそ出さないものの、アシュラドに不思議そうな目を向ける。
「なあ、教えてくれよ姫。本当に知りたいんだ」
アシュラドは地顔なのか笑っているのか判別しにくい表情で牙を剥き出しにした。
「お前は一族が滅びることを受け入れたのか? 『弱いから仕方ない』と」
音が空気を伝わる速度は、光より遅い。
とは言えアシュラドと姫の間はせいぜい直線距離で十数メートル。一秒に満たない時間で、声は届いた。しかし姫が反応したのは、数秒経った後だった。
ただしその反応は、アシュラド以外は予想し得ない激しさだった。
「あぁああああああああああああああっ!?」
椅子から姿が消えた。
家臣が認識した瞬間には、姫は一足跳びにアシュラドの首に手を伸ばしていた。そして幾つかの選択肢の中から『それもある』と踏んでいたアシュラドは抜き放った刀の峰で防いだ。
「うおぉ」気圧され、アシュラドの顔が歪む。「この衝撃、予想以上かっ」
後ろに跳ぶ。姫が跳躍し距離を詰めると同時にアシュラドの胸を突く。手甲で受けようとして、薄い氷のように木の板が割れた。
「嘘だろ!?」
そのままアシュラドは腕を掴まれ、まるで鎖で振り回されるように横薙ぎに投げ飛ばされる。平衡感覚を失って数メートル宙を舞いながら、なんとか地面の方向を認識して回転しつつ脚を伸ばし、滑りながら着地する。と、目の前に姫の足があった。ハイヒールを脱ぎ捨てたのか、裸足だった。
「おぉっ?」
すんでのところで屈んでかわす。笑いが込み上げてきた。
(てゆーか、全然
とっさに両肩の留め具を外してマントを後方に放り投げる。目隠しになればと思いながら体勢を整えて振り返ると、マントが突っ込んできた。まともに顔面で受ける。
「痛ってぇええええっ!」
背中から倒れ込んで顔を押さえる。マントから飛び出した姫が鳩尾に膝から落ちてきた。
「ぐぁはっ!」
逆流した胃液を吐いて咳き込むと、身体の上に姫が跨がり、首を掴まれていた。
目が合う。言葉が出なくても、言いたいことは解った。
(『もう一度言ってみろ』か?)
全力で、効くはずの
「安心した」
アシュラドは笑ってみせた。その気になれば次の瞬間、姫が自分を殺すこともできると理解した上で。
見下ろす目は酷く冷たいが、先ほどまでの人形然としたものとは全く違う。感情が振り切れた類の冷たさだった。
「まだお前は、心が死んだわけじゃねえんだな。ならひとつ、大事なことを言わせてくれ」
姫の目に、僅かだが訝しげな感情が浮かぶ。アシュラドは周りに聞こえないような声量にして、囁いた。
「そのドレスであんまり派手に飛び回らないほうがいい。さっき、中身
さて、無反応か、喉を握りつぶされるか、それとも……と選択肢を想像していたアシュラドの、三つ目の反応が目の前に出現した。
すなわち、赤面と動揺。
「……な、な」
目を全力で見開いて唇を震わせる姫は、上手く言葉が出てこないようだ。僅かにアシュラドの喉を掴む手から力が抜ける。
だがアシュラドも一瞬、反応が遅れた。隙を作るために言ったにもかかわらず、である。
そのくらい、姫の反応は年相応で可愛らしかった。
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