エイプリルフール

夕闇蒼馬

エイプリルフール

 今日はエイプリルフールだ。


 眩しい朝日の中、私は幼馴染のマサトと並んで歩いていた。私は彼の通う公立高校の受験に受かり、今日から新学期なのだ。


 私はマサト――私の2個上で、家が隣同士なので、私の中ではお兄ちゃんのような存在になっている人だ。幼稚園の頃から一緒に遊んでいる――に声をかける。

 ちなみにだが、私は彼に恋して、今年で5年目になる。


「ねぇねぇ、マサト」

「ん、どうしたの、ユイ?」

「好きだよ」


 そう言い、笑って彼の方を向くと、彼は複雑そうに笑っていた。


「はいはい、今日はエイプリルフールだもんね」

「そう!さすがマサト、私の事よく分かってるじゃん!」


 まともに取り合ってもらえないことは百も承知なので、私はすんなり引いて話題を変えた。――否、変えようとしたが、彼がそれを許さなかった。


「あー、そういえば俺もユイに言わなきゃいけないことがあるんだ」

「なになに?」

「俺、好きな人出来たんだよね。ユイ以外の女の子で」


 ――――エイプリルフールだもんね、とは言えなかった。


「そうなんだ。私の知ってる人かな」

「内緒」


 いかにも運動部です、といった風貌の彼は、太陽のごとく輝く笑顔を私に向けた。

 でも今は、その笑顔さえも見れなかった。

 エイプリルフールのネタかもしれない。けど、本当のことかもしれない。


 この話を続けたくなかった私は、話題を変えることにした。


「そういえば昨日のテレビ見た?」

「見てないけど、何かやってたの?」

「うん、マサトが好きって言ってたやつ。えーっと、なんだっけ。魔法使いが世界を救う話の映画」

「あー、あれか!チクショー、見逃した!」

「そんなことだろうと思って……じゃーん!DVDに焼いてきましたー!」

「おぉ、さすがユイ!オレのこと分かってるな!ありがとう、すごい助かった!」


 さっきまでの出来事がなかったかのように、いつも通りに話す私たち。

 でも私たちの距離は、いつもよりも少しだけ遠かった。


 ◆◆◆


 緊張しながら迎えた入学式、クラス発表。

 中学の頃に仲の良かった友達の何人かは別の学校へ行ってしまったが、何人かは同じ高校になった。そして、そのうち特に仲の良い子が同じクラスになった。


「ユイ、一緒のクラスになれて嬉しい!」

「私も嬉しいよ、ミサキ!今年もよろしく、特に宿題面で!」

「もう、ユイったら。高校生にもなったんだから、宿題くらい自分でやりなよ?」

「善処しまーす」


 数週間ぶりにあった友達との会話に花を咲かせた。……朝のあの出来事を、早く忘れたいから。


 ◆◆◆


 家が同じ方向だからと、マサトと一緒に帰ることになった。

 教科書販売やら何やらをしているうちに、いつの間にか日は沈みかけていた。

私たちは赤く照らされたアスファルトの道を歩く。いつもより遠い距離感の影がふたつ並んでいた。


「……ユイ」


 いつもよりも真剣なその声に、私は耳を塞ぎたくなった。……好きな人は誰かを教えてくれようとしているのかなぁ、なんて考えてしまい、彼の言葉を聞きたくないと思ってしまうのだ。


「朝はゴメン」


 何がゴメンなんだろう。彼は別に悪いことをしたわけじゃないのに。


「エイプリルフールだからって嘘ついた」

「え?」

「……俺、ユイ以外の女の子で好きな人出来たって言ったじゃん。あれ、嘘なんだ」

「……なぁんだ」


 あーあ、焦って損した。でも良かった、エイプリルフールのネタだったんだ。


「本当はね」

「うん」


「ユイが好きなんだ」


「……え?」

「ユイ以外の女の子を好きになるなんてありえない、そう思ってる」

「マ、サト……?」

「朝、ユイに告白されて、俺すっげぇ嬉しかった。けど嘘だって言われて、悲しくなる反面、まぁそうだよなって気持ちもあった」

「ち、が……」

「だから、せめて気持ちを伝えてこの気持ちを終わらせようって思ったんだ。エイプリルフールなら、告白しても「嘘だよ」って一言で何でも誤魔化せるんだから」

「……」

「ユイ以外に好きな子ができたって言ってみて、その反応を見てこれからの行動を決めようって思った。全く気がないなら笑顔で祝福されるだろうし、分かりやすいだろうからってね」

「……うん」

「でも、俺の想像してた反応と違った」


 彼はバツが悪そうに私から目を逸らした。


「あんな悲しい顔、するとは思ってなかった」

「……っ、」

「だから告白するか迷ったんだ。あんな顔させといて、告白する権利はあるのかって思って。……でも、そんな顔を見ても俺はチラッと思った。脈アリなんじゃないか、って」

「う……」

「卑怯者だよね、俺。嘘ついて反応見て、それから告白するなんて」

「ううん……」

「ごめん、ユイ。好きだよ」


 逸らされた目が再び合わされた。でも目は、未だに罪悪感を滲ませていた。


「……実はね、私も嘘ついたんだ」

「朝の以外で?」

「ううん、朝の話には続きがあるの。……私、マサトが言ってたことに何も言ってないんだ」

「どういうこと?」

「私が告白した時、マサトはエイプリルフールだからだろ、って言ってたじゃん。でも私、肯定も否定もしてないんだよね」

「あぁ、言われてみればそうだったね」


「……私も、マサトが好き。大好き」


「え……?」

「エイプリルフールのネタみたいに見せかけてたけど、それが嘘なの。私は、マサトのことが本当に好き」

「ま、じで?」

「うん、まじまじ」


 そう言った次の瞬間、私は温もりに包まれていた。


「……やっぱり嘘でした、なんて認めないからね、俺は」

「それはこっちのセリフ。……ふふっ、マサト、大好きだよ」

「うん、俺も。……大好きだよ、ユイ」


 夕日に照らされた私たちの影は、静かにひとつに重なり合った。

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エイプリルフール 夕闇蒼馬 @Yuyami-souma

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