最終話 結局本とは何が為にあるのか全くわかりはしなかった
屋根は破壊され、壁は崩壊し、空が良く見える平地と化したこの空間で体ばかりを大きくするゲスオ。
「ゲッスッス! どうでゲスか! このあっしの成長具合は!」
「あの本、嘘偽りでつづられた駄文の集合体では無かったって訳ね……」
「後悔の念は唱えたでゲスか? さぁ! 死ぬでゲス!」
その肥大した右拳を、クルエル目掛けて放った。クルエルはそれを剣で受ける事が出来たようだけれど、受けるだけで止める事は出来なかった。
衝撃で地に足を付ける事もままならず、吹き飛ぶ姿を見てしまった。
「あ、その壁にめり込むの、漫画で見た奴だ。……じゃない、大丈夫!?」
「へへ……、俺としたことが……。これ、俺の家の庭に埋めてくれ……、きっと綺麗な花が咲くぜ……」
「そう」
「あ!? 捨てるなよ俺のカボチャ!」
「さっきの黒い炎であいつをやっつけてよ!」
「何度も見せびらかす技じゃないんだ……、あの炎を二度見た者は地獄の業火に焼かれて死ぬんだからな……」
「な、何と言う中二病精神……」
「別れの言葉は選んだでゲスか?」
「……あなたは、でかいばかりの図体で、……上から喋ってるんじゃないわよ!」
「それが鏡本の力でゲス。 人はたった一つの行動で、……変われるんでゲスよ!」
また同じく右拳が飛んできた。私は右にローリングし避ける事が出来たが、近くにいた中二病患者は避ける事も出来ず犠牲になってしまった。馬鹿に塗る薬を脳に塗りたくっても治らない病気の持ち主と言えど、死んでしまえば少しは悲しい物である。私を助けてくれた事は忘れない。このカボチャの種はきっと綺麗な花を咲かせる事でしょう。
「逃げても無駄でゲスよ!」
「く……っ!」
「もう一回! ……ちょこまかと!」
「は……っ!」
「逃げるなでゲス! この……っ! ……いや、いつまでも逃げれる訳が無いでゲス、このまま殴り続ける!」
「一瞬怒ったその感情が、……うわっ! ゲスオの、あなたの本性なのよ! その程度で怒る程度の永遠の下っ端なのよ!」
「逃げているだけの女が!」
「スポーツを複数やらされた私の怨念が、こうさせているのよ!」
こうやって出来るだけ強がって見せたけれど、私の心は人前でうんちをしている犬の様だった。とても屈辱的でどうしようもない排便の前に、私は逃げ回りながらお尻を見せ付けるだけしか出来ない。外国のジョークの本は中々に下品な表現で困る、そしてちょっと癖になってしまった時期があるのも隠し様も無い事実。この世界には百歩譲って、少しだけ良い本もあると言う事を知った。
避ける事は出来てもこのまま逃げる事なんて出来ない、歩幅が違い過ぎるのだからゲスオが走れば私なんて、地面に張り付いたガムにゲロ袋を撒いた物より酷い有様になるだろう。神よ、私に逃亡と言うオムツを下さらないか、でないと死と言う名のお漏らしを大衆の面前でかましてしまうよ。
「あいたっ!」
こけた。何かで足を滑らせ、その拍子に顔から地面に挨拶をしてしまった。無愛想に痛みで返答してくれた。固い人なのかもしれない。
その何かを見た時、私は驚愕した。これは参ったね、と思う他無かった。だってそこには、白く輝くオムツが落ちていたのだから。誰にも使われていない、その使命をまっとうしていない落ちこぼれのオムツが、私の足を引っ張った。履いてくれと言わんばかりの白さに、私は目を背けるしか出来なかった。私は十六歳なのだから。
そもそもこんな場所にオムツなんてあっただろうか。……それに、カボチャの種から花が咲いている。起こった事実だけを言っている訳だから、何も間違っていないのだけれど、また不思議な現象が起こった事がどうにも引っ掛かる。
どうしてオムツ? 何故植えてもいない種から花? ……わからない、理解できない。この事実は私にはとてもじゃないが解読不可能である。
ただそれでも、だとしても、もしかしたら、もしかしたらと言う事もある。その予想を実行せずには居られなかった。再度飛んでくる拳を見据えて、心に思った一言を言ってみる。
「……その拳! 止まりなさい!」
私の思った事が、私の思った通りの現実になるのだとしたら。それも鏡本と言われる本と同等以上の、そう言う力が私に備わっているのだとしたら――。
……備わっていたら凄い事だったんでしょう。それに反する様に、全くと言っていいほど、止まりませんでした。そのスピードは衰える事無く増すばかりで、こうなってしまっては私の人生ここで終わりです。せめて両親には文句の一つでも言ってやりたいところだけども、それは天国から地獄に手紙を送れば良いのだから、後でゆっくりと名文をつづるとしましょう。これだけは現実になりそうだから怖い。
「まだ諦めるな!」
「……クルエル、今度は止めれたんだね」
また助けられてしまった。その切れるかどうかすらもわからない、どこから買って来たのかもわからない、値段ももしかしたらぼったくられていたかもしれないその剣で、今度はしっかりと止めて見せた。足腰ががくがくしているのを見つけたが、瞼の裏に納めてあげてその勇姿はありがたく貰ってしまおう。
お蔭で数秒だけ、長生き出来た。
「ありがとうクルエル、でもそんなに頑張っても何にも出ないよ」
「お前は俺のエロ本を燃やした!」
「ごめん」
「ごめんじゃねえよ! その罪を償え!」
「私が……、どうやって?」
「そのオムツを履けばいいだろ! そうすれば何かが変わる! 俺はその姿を望む!」
「人生最後の花道をそんな泥で汚したく無いわよ! 何を言っているのよ! ふざけるのも大概にしなさい! 私の胸はまだ成長期なだけよ!」
「わかった! 貧乳と言ったのは謝る! だがその気概があるのならそのオムツを信じて見せろ!」
「このオムツを信じて……、でも私スカートだし……」
「好都合だ! 履いている姿は見えないしすぐ履ける! それでいいじゃないか!」
このオムツはいきなり私の元に現れた。このオムツが私を選んだ。はっきり言って何から何まで意味がわからないし、仮に百万歩譲って履いたとしても、何の効果も無いかもしれない。ただ辱めを受けて十六年の人生にさよならを告げるかもしれない。でもこのまま、ウエディングドレスを着ないまま死んでしまうくらいなら、このオムツの白さを代わりにしてすがりたくもなる。
私が最後に漏らしたのは中学三年の時……、いえ、この話は生きた時にしましょう。
「クルエル……、ありがとう、私は変われた。あなたのお蔭ですね」
「カムル……、もしかして、履いたのか……?」
「テープ式だったらもう少し時間が掛かっていたわ」
お蔭で私は一皮剥ける事が出来た。今思えばただ殻に閉じこもっていただけなのかもしれない、こんな腐った世界に舞い降りた浄化の天使だと思い込み、世界にある本を燃やして回ろうとした。でもそれは成り行きだった、心の底から本気でそうしようとしていた訳ではなかった。けれどこのオムツを履いた恥ずかしさから生まれる羞恥心は、忌々しいその鏡本とやらのせいで誕生している感情。心の底から本気で燃やしたいと思えた。だから子供の頃の私は、地下室にある本を燃やすのに失敗したんだ。
本気じゃなかった。ただそれだけの事だった。自分を隠して慎ましい女であろうとした私は、オムツを履いて茹で上がる様な恥ずかしさを覚えた私は、やはり間違い無く女なのだと心から思えた。
だから私は願う。
「大悪魔サタン、私の両親が将来お世話になるついでに頼み事があるの。……あの調子に乗った下っ端に、どうか現世を断ち切る鉄槌を与えて下さい!」
言い終わると同時に、徐々に空が暗くなっていく。
「何でゲスか!? この大量の黒い雲は!? 散るでゲス! 離れるでゲス! あっしの頭上にたむろうなでゲス!」
「両親は地獄に入れても問題ありません! けれど私は地獄には入れないで下さい! それが私の望みです!」
私の呼応する様に、ゲスオの巨大化した手より更に大きな拳が雲から発生した。その拳はまるで小さい子供を叱る様な手付きで、容赦無く垂直にゲスオに拳を落とした。
「ぐっげええええええええす!!!!」
生贄を二人寄越すのだから、私は地獄には行かないのだとそう信じて。
「これで終わりよ」
昔考えた決めポーズ。クルエルの趣味が移ってしまったのかもしれない。
何とか馬鹿二人を倒して終わった。ゲスオは鏡本の効果時間が切れたのか、縮んでくたばっていた。クルエルも二回目の壁にめり込む事に成功していて、引っ張り出すのに苦労した。
全くこんな奴らに一時でも死を考えた自分が恥ずかしい、こんな不幸な人間が若くして死ぬなんて不幸を上乗せされたら、自ら地獄に行ってしまうでしょう。そんな私は勝つ事が約束されていたのだ。それで納得する事にした。
「この剣、本当に貰って良いのか?」
「良いよ、私はいらないし。それはどこで買ったかお父さんは教えてくれなかったけど、確か外国で老子から暗黒龍を巡ってダークサバイバーに身を置いた結果、レイジがポロイネートでディストラクションしたって、それだけを教えて貰ったの」
「か、格好良いぜ……」
後から聞いた話ではあるが、密本集団ラバデーと呼ばれるあの二人はあの場所でスケベ本の密造を行っていたらしい。身の毛もよだつ下劣な行為に、壊滅させて本当に正解だったと心から思う。警察の方から感謝状と金一封も貰えたりしたのだから、満足もする。
この世界にいつまでもいる訳にはいかないけれど、私のいた世界には戻りたくは無い。ゴキブリのいる家に過ごすくらいなら、ゴキブリがいるかもしれない家にいた方が幾分かマシである。そんな仕様も無い理由と、忌々しい本を燃やす為に、私は今ここにいる。
「……ところでカムル」
「いくら入ってるのかしらね~、……え?」
「まだオムツ履いてるのか?」
「あ……、ま、まぁその話はいいじゃない、こうして空気を吸えている訳だし」
「いやぁ、まさか本当に履くなんて思ってなかったからな、驚いた」
「……は? 私の心境を汲んでくれて、私の為に行ってくれたんでしょ……?」
「どうせなら辱めようと思っただけだ」
「は……? じゃあ特に理由は無いって事……?」
それはそうだろう、とクルエルが言い出した。
最後に漏らしたのはそう、中学三年生の時。屋上の柵が壊れて落ちそうになった拍子に、うっかりやってしまった。保健室でパンツが無いからとパンツが乾くまでノーパンで過ごした、これ以上に無いくらいの恥辱を味わったりもしたけれど、そっちの方が幾分かマシだった。
履かない事は、履く事よりも儚い事なのかも知れない。
「も、もう私は……、オムツなんて絶対履かないんだからぁああ!」
ある有名作家いわく「すべての人間は、恥をかくために生まれてきた」らしい、そんな訳あってたまるかと言う思いを込め、ビンタで一本締めを決めた。
今までのストレスが吹き飛ぶ程の、改心の一撃だった。
ふんしょかんのおしごと! ~漫画以外の本は燃えてしまえ~ おいしいカレー屋さん @geratin
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