第12話 本を書く人間は、やはり余計な事をしたと思う

 密本集団と呼ばれる二人の男の喧嘩は、醜く絶えず続いてた。


「ゲスオ! お前が解いたんだろ!」


「アニキが解けと言ったでゲス!」


「てめぇ下っ端だからって良い気になりやがって……! ……ちょっと待て、何であの男の方まで腕のロープが切れているんだ!」


「どうせそれもアニキがやったでゲス! 全部アニキのせいでゲス! 闘争が絶えず止まない事も! 光と影が反発しあうのも! 生物が死んで、また生を受け生まれ変わるその一時まで、全部アニキのせいでゲス!」


「それは違うだろ! 光と影は反発しあっているんじゃない! 共存し合ってるんだ! プラスとマイナス! 男と女! 饗と無! そうやって真逆の存在を認め合って生きているのが俺であり人間なんだよゲスオぉお!」


「……それじゃあ、悪と正義は共存し合うのか?」


 クルエルが言った。アニキと呼ばれる人の首に剣を突きつけながら、格好を付けて。


「そうやって誰かを的にして生きるのが……、ヒーローか……?」


「喋ると刺さるぞ」


「わ、わかった……。わかったから離れてくれ……」


「俺だって悪魔じゃない、立派なヒーローだ。離れて欲しいのならエロ本のひとつでも置いていけば話は違うだろうがな」


「くそ、悪魔め……っ! そ、そこの箪笥から好きなだけ持って行けば良い……」


「それはどうも。勿論オリジナルだろうな」


「それは、そうだろう……」


「貰っていこう」


 剣を持ってから性格が変わりすぎているのはこの際どうでもいい話ではあるが、それはそれとしてヒーローが金品を要求するのはいかがなものか。もうどっちが悪なのかわかったものでは無い。


 そうして首元から剣を離した。それが悪手だったと言わんばかりに、アニキさんが懐からナイフを取り出しているのを発見してしまった。


「……その油断が、命を捨てる事になるんだよぉおお!!」


「クルエル! 避けて!」


「ふっ、問題無い。……滅刀爆流斬!」


「ぐわああああああ!!」


 やっつけてしまった。ただの捻くれた中二病かと思ったけれど、剣があれば強くなると言ったのは本当だったみたいだったのだから安心もする。薬でも打って変わったかの様な変わり様ぶりには驚きを隠せない、まさか黒い火を噴きながら斬りかかるなんて。技名ダサ。


「クルエル……、やる時はやる男ね」


「あぁ、そうだろう。くひひ……、これがあればヒーローになれる……、世界を掌握して俺の金の銅像を立てるんだ……、その前には崇拝した人間が頭を一日中上げる事無く俺の活躍を垣間見て金銀財宝を置いて行く事だろう……」


「正気に戻りなさい!」


 ビンタをして見せた。肺からひねり出した様な情けない声を上げたのを、私は聞き逃さなかった。


「……効いたぜ、カムルの意気込み。うっかり剣に自我を飲まれるところだったぜ……、なんて恐ろしい武器なんだこれは……」


「それは正気なの? まだおかしくなっているの?」


「おかしくなっていたんだ。それをカムルが連れ戻してくれた。一つや二つの感謝が物足りないと言った所だな」


 どれが正気なのかわからないけれど、この男は普通では無いという事だけは言える。これは本当に剣に飲まれているのかもしれない。


 ……お土産に? お土産に自我を飲まれる? ちょっと止めてよ私、面白いじゃないのよ。


「……ふ、ふはははははは!! でゲス!」


「ゲスオ……? 何がおかしいの……?」


「アニキをやった程度でしゃしゃり出てくるその余裕が、おかしいでゲス!」


「でもあなた一人ではこの変態には勝てないわ。アホだけど強いのよ、この変態は」


「くっ! 闇の力が浸食しているだと……!? どうした! 俺に力を貸せよ大天使! ……ぐわあああああ!!」


「ほら、何か凄そうでしょう。あなたはこれに勝てると思う? これに」


「あっしはアニキ程度、と言ったんでゲスよ、その意味が解るでゲスか? ……この本を、見た事があるだろう諸君?」


「何よその喋り方、あまり調子に乗らないで」


 雰囲気だけをかもし出す調子の乗り方に、若干腹が立ってしまった。だっておかしいでしょう、下っ端が大きく出るなんて。


 だっておかしいでしょう、ゲスオが取り出した本を見ただけで、クルエルの表情が狂った様に様変わるなんて。


「そ、その本は……っ! 何故そんなお前が持っている!」


「クルエル、あなたは情緒不安定ね」


「そんな事を言っている場合か! あれは伝説の作家、アドベルト・アーバルトが書いたとされる本……! 鏡本だ!」


「教本? 教科書?」


「書かれた教えは自らに身に付ける事が出来る……、自分が書物の内容そのものを取り込む……、つまり本の内容が現実となる鏡の本だ!」


「私の両親が平然とやっていた事じゃない、そんな事で驚かれても」


「カムル、俺の右腕もいつまで持つかわからない。だから正気でいられる今の内にあの本をどうにかするんだ! 俺達で力を合わせてだ!」


「いくでゲスよ……」


 ゲスオは息を吸って、少し置いてから本を読み出した。書かれた事が現実となって現れる、その普通の本を。


「第一話、僕のおつかい。ある日僕は買い物に出かけた。渡された百円玉を持ってとことこ歩を進めていました。目的地まで半分くらい言ったところでしょうか、そこで公園で遊んでいるいじめっ子のごん汰君がサッカーをしていました。僕を見つけると話しかけてきました「おう、どこに行くんだ?」それに対し僕は「買い物に行くんだ」と答えました。するとごん汰君は「変わりに俺が買い物に言ってやるから金を出せ」脅して来ました。駄目だよと断ると「生意気な奴だな、懲らしめてやる」そう言ってごん汰君は殴ってきました。体格差があるので僕はどうすることも出来ずただやられているしかありません。でも痛くは無かったのです。こんなに殴られても痛くないのはどう言う事でしょう。だってごん汰君は、私の膝下くらいの大きさしか無かったのですから。……さてここで問題です「僕」とは誰の事でゲスか?」


「…………え? 何? もう一回言ってくれる? ちょっと良くわからなかったんですけど」


「ぶっぶー不正解。正解は……、このあっしでゲス!」


「……はぁ!?」


「よってあっしは、貴様ら二人が膝下くらいになるまで成長する! あっしと足を掛けたこのギャグセンス! 正しく成長した証でゲス! ゲッスッスッス!!」


 その言葉通りむくむくと大きくなって、人の進化論に中指を立てて逆上でもするかの様に成長して見せた。その比率は二倍や三倍では語れない、挙句八メートルくらいの大きさにまで無駄な体格に膨れ上がらせた。


 どうしてこう、トラブルが続くのだろう。

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