第11話 男と言う物は、到底理解の出来ないアホなのかも知れない

 私のお父さんは、いきなり思い立ったのかどこか旅に出て行ったことがあった。勇者になるんだと言いきって、私が必至で止めたのも聞かなかった。多分また変な本を読んでしまったんだろうけど、その時は本に影響される体質だなんて知らなかったもので、薬でもやってるんじゃなかろうかと疑ったものである。お父さんは、ただ本をキメていただけだった。


 それを見たお母さんは泣きじゃくった。可哀相だなと思ったけれど、その涙も何かしらの本で影響されたのかと思うと私も涙が止まらない。「女の涙は男を殺す殺傷兵器」と言う本を家で見た事があるが、どうやら涙では勇者を殺せなかったらしい。それから数ヶ月、お父さんは立派になって帰って来た。あんなに華奢ですらっとしたお父さんが筋骨隆々で家の中に座っている物だから、始めて見た時は強盗かと思って一晩中押入れで息を潜めた思い出は忘れはしない。


 どうして今こんな事を思い出したのだろう。こんな毒にも薬にもならない昔話なんて、あくびが出るくらい退屈になるのに。お土産に黒い模造刀を貰ったからそれ関係だろうか、女の子のお土産に刀なんて上げる親はやっぱりどうかしている。


 そう、こんな感じの闇が凝縮された様な、まるで私の心を映し出したかの黒さをしていた……。


「そうそう、これこれ。懐かしいなぁ、今も押入れに入ってるかな」


「……おい、ゲスオ。こんな所に剣なんてあったか? 何だこれ……」


「これね、私がお父さんに貰った剣よ。いい年してこんな子供だましの物に目を光らせてて、心底呆れたものよ……。娘に剣を上げる親ってどう思う? ……え、剣!?」


「女の物か! こんなのどこに隠し持っていた!」


「知らない知らない! 何でこれがここにあるのよ!? ねぇ!」


「ゲスオ、身体検査だ! この女まだ臭うぞ!」


「えぇ!? まだ臭うの!? ……ちょっと触らないでよゲスオ!」


「抵抗するなでゲス!」


 また意味のわからない現象が性懲りも無く、私の前に現した。あのお土産のダサい剣が目の前にあるのは、ただの偶然と言い逃れは出来ない。明らかに何らかの力が作用しているとしか考えられ無い様な超常現象。思えば最初の現象は手からビームらしき何かが出た事、二回目は触らずに本を燃やした事、三回目に私の肌が剣の強度に勝った事、四回目は確か、言葉で相手を傷付けた事、五回目はクルエルが助けに来た事……? それを入れるならこの世界に飛んできた事が一回目になるのだろうか。だとしても、目の前に現れたこの漆黒のお土産は、確実にこの類の何かが働いているとしか考えられない。共通点を見つければ、この現象を操れる事が出来れば、このお馬鹿達をを抹消出来るのに……。

 

 手に巻かれたロープがそれだけに忌々しい物になる。恨めしいし、腹立たしいし、憤ろしい。


「さぁ、腕を横に広げるでゲス!」


「好き勝手にやってくれちゃってぇ……っ! 私が自由に動けた暁には毛と言う毛を毟り取って肉団子にしてスープにでも……! …………あれ、腕のロープは……?」


「身体検査をするでゲス! そんなのがあったら邪魔でしょうがないでゲス!」


「そうだぞ、そんな事もわからないのか女。腕を縛った状態でろくな検査が出来る訳無いだろうが」


 ……確かに。それは盲点だった。腕を縛った状態で身体検査なんて片腹痛くなる行為をまじめにやるのは、考え方の足りていない人のやることだ。その為にわざわざ縛ったロープを切るなんて、そんな常人では思いつかない様な完璧な内容は、私では何百年生きようと発案する事は不可能だっただろう。この人達はきっと頭が良いんでしょう。到底理解の出来ない所まで行ってしまっている大天才なのでしょう。凡人にはとても理解の出来ない行為をしていた、あるいは賢者か何かなんでしょう。


 だから本を読む人間は、私には一生分かり合えそうに無い。


 お父さん、勇者になれましたか? ずっと家に居たけれど、それは勇者のやることですか? 家を警備するのは勇者のやる事では無いですよ? そんなお父さんでも、今は心強い。


「この感触、懐かしい……。何これおもっ……」


「何!? お前、どうやって抜け出した!? 腕は縛っていたはずだ! どういう事だ!」


「……しまった、やってしまったでゲス」


「やってしまったとはどう言う事だゲスオ!?」


「私が代わりに答えてあげる。あなた達は、物凄く超越した人間だと言う事よ。……クルエル、生きてる?」


 二人が喧嘩を始めだしたのを放っておいて、さっきからずっと黙り込んでいる男が気掛かりになった。その男は瞬きさえもせず、一点を見つめているだけのアホっ面をしていた。


「クルエル?」


「……格好良い」


「え?」


「それを俺にくれ! くれ! 頼む! 下さい! お願いします何でもしますから! 一生靴だけを舐めて行くだけの覚悟は出来ている! だからその靴舐めさせて下さい! その代わりその剣を俺に! その格好良すぎる剣をこの慈悲深きヒーローにぃ……!」


「ちょ、ちょっと! しがみつかないでよ!」


「それがあれば俺はヒーローになれるんだ! 悪を刻みし平和を主張する人々の象徴になれるんだ! それならどこを舐めて欲しいんだ! 首か!? 顔か!? それとも指先一本一本の生爪の先か!?」


「気持ち悪い! 上げるからそれ以上近寄らないで! 舐めないで! 触らないで!」


「ぃよっしゃぁあああ!!」


 嬉々として腕力で勢い任せにロープを引き千切った。それが出来るのなら最初から本気を出して欲しいものである。


 剣をクルエルに渡した。


「おぉ……、これは、……体の奥底から力がみなぎって来る、……これがこの剣と俺の相性か。これなら世界だって救えそうだ。あとで名前を付けてやらなくては」


 年端も行かぬ子供より弱い人間が、剣を持った所でそんなに変わるとは思えないけれど、この自信は一体どこからくるのだろうか。


「それで負けたら、その剣の強度をあなたで試す事になるわよ」


「カムルよ、俺のオーラが見えないか? まるで大天使が後ろ盾しているような、圧倒的強者のオーラがさぁ……!」


「後ろ、壁しか見えない」


「いいや、すまなかった。レベルが違いすぎるが故に見えない事だって。ただなぁ、ひとつ心におさえて欲しい事がある、それはクルエルという名前が世界に響くその一時まで、その証人になって欲しいのだ。見えるだろ、人前に立って、惜しげもなく浴びせられる喝采の中で静かに手を上げている俺の姿が……、それが新たなヒーローだと覚えておいてもらおうか。……俺はまだ走らなければならない、背中に預けた天使の顔を、俺はまだ知らないのだからな……。俺が帰らなかったら伝えてくれ、こう言う男が命を散らしたんだと、ただそれだけを伝えてくれればいい……。すまないな、こんな損な役回りを任せてしまって。俺が無事帰ったら、一緒に本を見よう」


「その時には本なんて、私が全部燃やしてるわよ」


「じゃあなカムル、体壊さずに元気でな……。……よし、待たせたなラバデー! 俺と言う神話が相手になる!」


 クルエルの頭がおかしくなってしまった。前々からこの人はかなりあれな人間だと思っていたけれど、この場を拍子に眠れるエンジンを暖めてしまった。誰が原因かなんて言うまでも無く、私のお父さんが原因なのだった。お土産は人を狂わせるのだと、初めて知った。

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