第7話 この年で迷子なんてどうして中々恥ずかしい

 昔の頃を思い出して嫌になってしまった、笑われると言う事がどれほど救われる行為かまさか小学生の時に知ってしまうなんて。


 ドレスとサングラス姿をした新手のターミネーターみたいな格好をした女に、クラス一同ドン引きをしていた。誰か笑ってくれと心から思ってしまった。この情けない心と、情けなさ過ぎる状態で授業を進めた情けない私を指を指してけたたましく笑って欲しかった。誰も笑わなかった。

 

 あの場から逃げ出したい気持ちは今になって蘇っている、あの時逃げ出せなかったのに今は赤い顔を隠して風の吹くままに走り去ってしまった。走って走って端折って、心行くまま気の向くまま、目の前も見えずただ闇雲に包まれながら迷いに導かれ走った。


 どこに行こうとしているのかわからないのに、決して遠くまで行けるものではない。何てドイツの詩人は言ったけれど、それは全くの嘘だと今断言しましょう。ここは一体どこでしょう。


 路地裏かしら? そうでしょう。見てわかる限り、暗い路地裏でしょう。明かりがぽつぽつ、太陽の光もあまり届いていない裏っ気の強い影でしょう。大変です、クルエルが迷子です。


 参ってしまった、これは参ってしまった。こんな右も左もわからない偏狭で何をしているのかしら私は。迷子になるのなら迷子になると言ってから迷子になって欲しい物です。おかげで困ってしまう人間がここにいるのですから、そこ等辺は優しさと言う物をどうにかして捻り出して頂きたい。


 何の為にエスコート講座を開いたのか皆目検討もつきません、男と女はまるで電極の様に惹かれあう存在なのですから反発している場合ではありませんよ。ほーらクルエルが来ないから訳のわからない事を言い出した、心も迷子になりだしましたよ。


 あ、家の光だ。人がいるんだ。わーい。


「ごめんくだしゃい……、ちょっと迷子になってしまって……、うぅ……」


「……誰だ」


「違うんです……、恥ずかしさが頂点に立つと人は逃げたくなるものなんです……、逃げた所で何も無く挙句迷子になろうとも人はそう言う弱さを併せ持った野生を忘れきれない生物なんです……、ううぅ……」


「な、泣くなって……。お前は違うんだな?」


「そう言う生物なんですぅ……、ううぅ……」


「よし、今開けるから待ってろ」


 やりました。これならクルエルとか言う変な名前の変態がいなくても帰れます。それ見たことですか、私は一人で何でも出来るのです。


「……迷子か? どこから来た?」


 所々黒く汚れた男の人が出て来た。


「あっち……」


「あっちか? お前ここの町の人間か?」


「違います……」


「そうか、じゃあそこの曲がり角を二回右に曲がって真っ直ぐ行くと大通りに出る。そこでまた誰かに聞いてくれ。悪いな、忙しいんだ」


「そうですか……、ずびばぜんでした……」


「ほら、ティッシュもやるから。一人で行けるな?」


「はい……、ありがとうごじゃいました……」


「あぁ、気を付けろよ。じゃあな」


 何て不親切な人なのでしょうか。まるでこのティッシュ一枚被せた様な薄っぺらい人間模様が目に浮かぶようです。迷子の女の子が泣いて尋ねてくるのですからそこはもう少し親切でも良いのではないでしょうか。これ訴えたら勝てますよ、女の子に親切にしなかった罪として慰謝料がっぽがっぽでもう二度と働かなくても良いハッピーライフが私を……、……ん?


「ちょっと待ってください」


「……な、何だ!?」


 男がドアを閉めようとした。しかしそのドアに足を噛ませて閉めるのを止めた。閉まる瞬間の少しの隙間から見えてしまったのだ、見過ごせないブツを。


「その本は何ですか?」


「……何でも無い」


「何でも無いのならどうして隠すんです。……それ、スケベな本ではないですか?」


「そんな訳無いだろう!」


「どうしてそんなに大声を上げるのですか? 何かやましい代物なのですか?」


「そうだからこうやって隠してるんだろう!」


「ちょっと中に入れて下さい」


「……帰れ」


「帰れ無いからここにいるんでしょう!」


「……お前一人か?」


「迷子と言うのは、迷っている一人の人間の事を指します」


「良いだろう、入れ」


「親切にありがとうございます」


 正直たかだかスケベ本一つでどうしてここまで必至に隠す必要があるのだろうか。確かに漫画で見た青少年のその動きは、一生の不覚であるかのような言動をしていましたが、たかだか本一冊で何をそんなに隠し通す。私が女だからわからないのだろうか、それとも私が女だから隠すのだろうか。


「お前はどうやってここを突き止めた、何故俺がここにいると知っている」


「私は焚書官です。それくらい嗅覚で辿り着いて見せるくらいの事は、出来ます」


 本は忌むべき存在。燃やすと決めた以上、見逃すわけにはいかない。私に見つかったのが運が悪かった。お母さんお父さん、これが私の初仕事になりそうです。あなた達の愛した本が燃えるところを見ていてください。


「まさかここがばれるとはな、……俺もとうとう駄目か」


「さぁ、持っている本を出しなさい。私がここで燃やして差し上げます」


「あぁ、そうだよな、そりゃあ燃やされるよな。……あぁ、そうだよなぁ……」


「ん? 何をしているのですか。もちろんこの一冊だけでは無いでしょう。早く出しなさ……、むぐぅ……っ!」


 気付かなかったけれど背後にもう一人いた。それが私に抱きつきあろうことか口を塞いだ。私の初キスは布に奪われた。

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