第6話 賭して得た物何も無し
「そこ段差あるから気を付けろよ」
「あ、はい」
……男とは不思議な生物です。さっきまで喧嘩をしていたと思えば、すぐに馴れ馴れしくなる。罵倒と言う罵倒を相手に投げた後でも、それでも何事も無かったかの様に話しかけて来る。
……全く意味がわかりません。小学生の時トイレで喧嘩を見た時は、相手を思いやる気持ちなんて谷底にでも落として来たのだろうかと思うほど、醜く酷い髪の引っ張り合いをしていたと言うのに。
……いえ、よく考えたらその喧嘩の原因は恋の抜け駆けしたとか何とかだった様な。じゃあ男が原因と言う訳ね。
「危ない危ない、勘違いをする所でした。男は女を道具としか見ていない猿、うっかり私の純潔が奪われる所でした」
[潤滑が奪われる?」
「耳までイかれましたか? この町がどういう参上になっているか知りたいと言ったんですよ」
「惨状もへったくれもあるかよ、一と言ったら一が出るし、二と言ったら二になる。そんな退屈な世界だ。俺の呪われた魂は誰にも開放できないんだ。……ぐぅわぁあ! 腕がタナトスの化身に食われるとこだったぜ……。気を付けろよ、この世界はお前が悪魔が蹂躙してるからよ……」
「まぁ元気な人だこと」
ただの馬鹿な人なのかわからないけれど、やっと町に行く事になった。この辛気臭い木造の家ともおさらば。昔から漫画で夢見ていた、新しいわくわくドキドキの冒険が始まると思うと密かに心が躍る。
不安は様々、心配は一杯。さぁ、目の前のドアを空けたら優しい風と共に私の門出を祝ってくれる事でしょう。
「わぁ……、特にこれと言って言う箇所が見当たらないレベルで普通……」
「何も変わらない、何も変えれない、それが人生なのさ。儚い夢と書いて人生……、ん? 違うか?」
「儚い夢と書いて人生と読むの? そこまで行くと理解に苦しむわね」
「嫌味な奴だな。それで、どこ行く?」
「あら、それならご自慢のお店にでも連れて行ってもらおうかしら?」
「無い」
「それなら美しい景色が見える丘にでも連れて行ってもらおうかしら?」
「ねぇよ」
「それなら何か食べれる場所にでも連れて行ってもらおうかしら?」
「知らん」
「……もーう! エスコートしてよ! 私に夢を見させてよ! 王女様の様にやさしく扱ってよ!」
「俺にどうしろって言うんだ……」
「女の子の扱い方も知らない甲斐性無し! ただ素敵な場所に導いて欲しいだけなの!」
「景色なんて見ても腹の足しにもならない、店に連れて行ったところで金も無い、特に腹も減っていない、行ってもしょうがないだろ」
「なぁんにもわかっていなぁい! それならばここでレクチャーしましょう女の子扱い方講座!」
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この目の前のとんでも唐変木に、私が少女漫画から受け継いだモテモテ講座を教えなければ私のハッピーライフが音を立てて崩れてしまう。誰かに面倒を見て貰う以上面倒の見方と言うのを教える必要があるのです。
「まずはエスコートについて! エスコートとは段差が会った時や何か足元が悪い時に男から手を差し出し先行して歩く! この時の注意点は決して手を強く握らない事! 歩くスピードが違うと手が離れたり体勢を崩したりするので要注意!」
「なるほど」「へぇ」「知らなかった」
何故かクルエルとは違う複数の男が反応した。
「続いてエスコートする側の見た目講座! 女性は隣に男の見た目を強く気にします! 頭の先から足の指の爪までしっかりと見ていきましょう! 服装も大切な点ですが何より姿勢を重視するのです! これが悪いと何を着ていてもくたびれた感じが出てパリッとした雰囲気が一気に消し去ります!」
「勉強になるなぁ」「あ、僕猫背だ」「お前足内股だぞ」「そっちこそ首前に出てるよ」
さっきの男達とは違う男達がねずみに餌でも与えようが如く集まっていた。
「その次に服装講座! ですが! その前に少しの休憩をはさみます! しばしのご歓談をお楽しみ下さい! クルエル、ちょっと来て!」
「何だよ」
「どうしてこんなに人が集まっているの!? 何この人達!? 何で揃いも揃って変な服装と曲がった姿勢ばっかりの男しかいないの!?」
「エスコートしたい人達なんだろ」
「私はされたくない! どんだけ良い服装と姿勢でも顔が無理! と言うか男そのものが無理!」
「しらねえよ……」
クルエルに対して講座を行っただけなのに、どうしてこんなに有象無象が烏合の衆かの如く湧き出てくるのだろうか。そんなにエスコートがしたいのなら、男同士で勝手にやっていれば男女共に気持ちがわかり自信の成長に繋がると言うのに。
「先生、足はどうするんですか?」
「誰ですかあなたは! 足なんて適当に交互に出していれば良いんです!」
「先生は良くエスコートされるのですか?」
「されたことが無いからこうやって講座を開いてるんでしょうが!」
「先生、会社を首になって妻にも逃げられ借金だけが残っているんですがこれから一発逆転を狙うにはやはりギャンブルしか無いと思うのですが勝ち方を教えてください」
「全財産一点狙い! それ以外に道はありません! コツコツやっていたらハウスエッジに飲まれジワジワと破産して行くのを見ていく事しか出来ません! マーチンゲール法なんてやる人は馬鹿です! 最初は勝ててもいつか確実に負けます! 二分の一が十回連続で出る確率は0.09765625%! こんな数字到底出るわけ無いと思いマーチンゲールを使う者が後を絶ちません! ですが出る時は悪魔が笑う様にして出るのです! その時の絶望感を知っていますか!? 命を削り積み上げてきた財産が砕け散る音を聞いた事がありますか!? ですから常に高オッズを狙っていき漁夫の利を得るのです! そうやってたどり着けるのが絶望を乗り越えて全方位に中指を立てれるギャンブラーと言う物です!」
「おぉ……」「さすが先生だ」「ためになるなぁ」
「はぁ……、はぁ……、わかったら散りなさい……、今日の講座はこれにて終了します……」
どうして私がこんな目に会わなければならない……、かわいい女の子が興味本位を全開にしてあれよあれよと戯れるならまだしも、こんな異常に細かったり異常に太かったりで節操の欠片も無い怠惰をむさぼっている連中に、どうしてこんな講座を開いているのかしらと考えると馬鹿になりそうになる。
「カムルは物知りだな」
「……え?」
「男に対してわかりやすくエスコートの説明したり、ギャンブルを心得てたり、結構物を知っているんだなって」
「クルエル……? 何を言って……」
「いや、褒めてるんだよ」
褒めるですって。褒めるって何かしら。何故こんなに頭が沸騰しているのかしら。この変態は何を言っているのかしら。馬鹿なのかしら。顔が熱いのは何故かしら。この気持ちは授業参観でお母さんがドレスを着てきてしまった時とよく似ているのかしら。そうかしら。
「は……、は……」
「は?」
「はぁずかしいぃいいいいい!!!」
「あ、おいカムル!?」
恥ずかしさのあまり、その場にはとてもいられなくなり走り出してしまった。だって恥ずかしかったんだもんしょうがないよ、逃げたってそれは逃げたことにならない。現実逃避は逃げているんじゃない、ただ別の物を見ているだけなんだ。
「先生?」「どうしたんだ?」「今日の講座終了だってよ」「えー」「明日から受講料取られるのかな」「取られるならもういいや」「だよね」「無料だから来てやったのにそれは調子乗りすぎ」「無料なら来てやっても良いぞ」「よく考えたら全く為にならなかったな」「ほんとそれ」
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