第5話 フォーテル・リバイバル・ステイルアグチア・ファーリカルファライル=オッカムル。これに全く意味は無い。
貶し合った茶番の中から色々有益な情報を得る事が出来た。深く気にしてはいなかったけれど、ここは私のいた世界とは別の世界だと言う事らしいが、それがどうにも信じられない。
もしかたらあの雪崩が原因で死んでしまって、変な世界に飛ばされてしまったのかとも思ったけれど、本の雪崩程度でそもそも死ぬ訳が無いのだ。
たかが天井程度に積み上がった紙が何グラムになるかは知らないが、それが人に覆い被さった所で人を殺すなんてそれこそ片腹が痛くなる話である。ありえない。インポッシブル。よって私は断じて死んでいないと言える。
他には何故か私の手からビームらしき物が出たり、いきなり本が燃えたり、私の女の子らしく白く潤った若い柔肌が剣に勝ったり、ただの言葉で相手を傷付けたり、到底理解不能なSF(すこしふしぎ)現象が目まぐるしく続く中、色々考えたけれど結局「意味がわからない」で論は終了した。
とうとう密かに練習していた漫画の技が使えるようになったかと奮起していたが、いかんせんそれは空想に終わりそうであった。
そして何より忌むべきと言うか、聞き捨てならない情報も手に入れてしまった。この世界の住民は、主に目の前の男は、本を中心に生きていると言う事。
料理は本に書かれている事が全てだし、教育も本に書かれている事が全て、科学も建築も全て本に従って生きている。全世界の住民が私の両親と同じと言う、まるで極悪人が善人の皮を被っているかの様な不気味で、とんでもない世界だった。
「……な、なんて事……。そんなの悪夢よ……、災厄よ……」
「何でそんな絶望してんだよ、お前も本を見て育ったんだろ? そんな悲観するなよ」
「だからこうなっている、と言っても理解出来ないんでしょうね……」
「わからん。興味も無い」
「親が救い様も無いアホって、子は以外と気付けないものなのよ……。あれは中学生の授業参観の事だった……、他の親はまともな格好をしているのに「ドレスは淑女のたしなみ」なんて本を読んでしまったばっかりに。ひらひらのドレスを身にまとって日除けにサングラスなんてして……、あれは恥ずかしかった……。……いえ、ごめんなさい。あなた名前は? そういえば聞いていなかったですよね」
「クルエルだ」
「ではクルエル、私はこの世界がどれほど愚かになっているか知りたいのです、町まで連れて行って貰える?」
「いやそっちの名前は? 俺だけに名乗らせるなよ失礼か?」
「名前って、私の?」
そりゃそうだろ、とスケベな男改めクルエルが言った。私の名前を聞かせろと告げてくる。しかし名乗りたくない、私の本名は私が嫌っている故に誰にも喋っていない。
最後に自分の名前を言ったのは半年前保険証が紛失した時、再発行の為に役所に行った時おばさんに笑われて以来誰にも名乗っていない。これからも名乗るつもりも無い。
何ならもうこの名は捨てて新しい名前にでもしたいと思っていた所だった。
だから理想の名前を言う事にした。
「……フォーテル・リバイバル・ステイルアグチア・ファーリカルファライル=オッカムル」
「あ!? 何て!?」
「ですから私の名前は、フォーテル・リバイバル・ステイルアグチア・ファーリカルファライル=オッカムルです」
「覚えられるか!」
漫画で見た国の王女様はこんな感じの長い名前をしていて、その唯一無二の特別感に酷く憧れていた。その憧れが今になって適うなんて人生はわからない物で、こんな場所で役に立つなんて思いもしなかった。私の三十六ある夢の一つ、ここに天寿を全うす。
「なら縮めてカムルでいいですぅ~。こんな立派な名前を覚えきれないなんて、何て堕落した頭脳を持っているのかしらねぇ~」
「ラ行が多くて覚え辛いんだよ、俺の名前を見習えよ四文字だぜ?」
「そっちは半分がラ行じゃないのよ、比率で言ったらそっちの方が多い」
「比率の話はしてないだろうが!」
「文字数は関係無いでしょうが!」
「あぁ言えばこう言いやがって! 引く事を覚えろよ!」
「あなたのスケベな本の数々には引きました!」
「……ちっ、もういいわ。……あぁ疲れた、やってられるかよ。……腕痛いし」
「……それはこっちのセリフです」
何でもかんでも悪口を言えば良いと思っている所が腹に来る、男と女でこんなに頭に差が生まれるなんて残念でならない。
これだから男は全滅して女だけのユートピアに生まれ変わるべきなんだと幼稚園の先生にあれほど言ったのに、どうして聞いてくれなかったのだろうか。男など意地の悪い発言と行動で、スカートめくりなんて下劣極まりない事を毎日毎日繰り返し一生を終える雑魚だというのに。
挙句私からパンツを見せて上げたら嫌がるわがままさ、結局自分の意のままにならないと気に食わないだけの迷惑を振り撒く妖怪なのだ。
だから男なんて死滅してなんぼである、これ以上女のオアシスを汚さないで欲しい。女は偉大で強いのだ、妊娠の痛みなんて男に与えようものなら三日三晩苦しんで朝を待つ事無く息絶える虫以下の存在。
虫は一回の生殖で何十と言った生命を生み出すことの出来る、到底人なんて低俗な生物には適わない存在。それを知ってしまえばいくら人間である私だろうと魅了もされる。それに決定打と言えば、虫には知能なんて無いから素晴らしいのだ。
スケベな本を読む知能も、悪口を飛ばす知能も、子供にエゴを押し付ける知能も無い。だから素晴らしい。そして可愛い。こんな完璧生物に男が勝とうなどと片腹痛し笑止千万。私が虫と女を一つに束ね、世界を導く創造神となるのだ。
「おい、何ボケッと突っ立ってるんだよ。行かねぇのか?」
「……私が神になる、……女と虫の、……え? 何ですか?」
「行くんだろ、外に」
「あぁ……、そういえばそうでしたね……、……はい、行きましょう!」
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