品書きのアイスクリーム

 藁編みの草履を脱ぎ、布きれ座布団の上で胡坐を掻く。

「今、お茶を淹れますね」

 娘はそう言って品書きを渡し、奥に入っていった。囲炉裏から立ちのぼる一筋の煙を追いつつ、茶屋のなかを見渡した。


 屋根は真新しい杉だが、鴨居や廻縁まわりぶちは部分的に腐っている。床は染みとカビで黒ずみ、隅は抜け落ちている箇所もある。内壁の土はひび割れ、触れたらたちまち崩れてしまいそうであった。先程の暖簾だって、ほとんど端切れといっていいほど、ぼろぼろで破けていた。


 旅人は思うのだ。この小屋はどうも、外面だけを改めたらしい。杉板の屋根は黄ばみから推測するに一、二年ほど前に張り替えられたばかりだろう。

 北の隧道が通ったのは三年前とふもとで聞いていたので、不思議に思えてならなかった。この峠を利用する者は、今や旅人――それも寄り道好きの変わり者な旅人だけだ。普通の者ならば、新たな道をゆくほうがずっと歩きやすい。


 だのに、この茶屋は時の流れから逆らうように、今ここにある。



 品書きに目を落とす。これは小屋と同様か、それ以降に作られたのだろう、へたりのない上質な紙であった。


 品目を見る。


 みたらし団子、茶屋らしい。


 抹茶、茶屋らしい。


 アイスクリーム、ハイカラだが今風の茶屋らしい。


 黒髪アイスクリーム、茶屋らしい……

 ……とは、言いがたい。


 というより、黒髪アイスクリームという字面は、あってはいけないものに思えてならなかった。黒髪はいつから食せるものになったのだろうか。それともアイスクリームはいつの間にか頭皮から生えてくるものになったのだろうか。


 ただ一つ、事実として語ることができるのは、上に記載されたアイスクリーム六〇銭に対して、黒髪アイスクリームは七五銭だということだけであった。

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