彼のこと。
キョーカ
彼のこと。
「これから外には出ないでくれ」
夏のある日、彼からそう告げられて僕はそれ以来家 から出ることを止めた。外は危ないから、らしい。僕 を想っての言葉であるとよく解ったので、僕は従うことにした。買い物に関しては彼がしてくれるからそれ以外の家事をこなせばいい。
「なあ、」
帰って来た彼との晩御飯。一緒にテレビから流れるニュースを見ながら、何気なく彼に話しかける。
「流石にちょっと臭いが気になって来たから」
「対策はしてるだろ? 」
「場所取ってる」
「そのうちな」
仲がいいと返って素っ気ない会話になってしまうものだ。そうか、と返事をしてお茶を飲もうと思い冷蔵庫の扉を開ける。冷蔵庫の中を陣取っている生首を見ながらもう少し大きな冷蔵庫ならいいのに、と毒づいたが僕は今テレビが見たい。ニュースでは、近所で数日前に行方不明になった人のことを報じている。
それから二日くらいが経っただろうか。冷蔵庫からの臭いが酷くなって来た。僕はまだ帰らない彼に改めて言うのが面倒臭かったので警察に電話を掛けることにした。次の日から彼は帰らず、僕は一人暮らしだ。
その時何やら騒がしかったが、彼の言いつけを守ってよほどのことがない限りは外には出なかった。確かに外は危ない。
どうやら僕は監禁されていたらしい。彼が恐ろしくて、ずっと助けを求められなかったのだという扱いだった。そう彼が話したと後で聞かされた。僕は精神的ショックが大きいと言われ、暫くカウンセラーと向き合う日々が続いた。
僕はだんだん話すネタが尽き、それまでの彼との想い出を語ることにした。彼はよく浴室で作業をしていたのでそのためにノコギリを買い足したり、僕は彼のいない昼間に風呂に入っていたことなんかを。
数年後。彼はまだ帰って来なかった。でも彼が帰っ て来た時のためを考えて二人分のご飯を作り続けた。盛り付けてテーブルに置き、帰らなかったら自分で食べたり捨てたりした。テレビでは彼の話をまたするようになったのでニュースを見る頻度が自然に増えた気がする。
それからまた日が経ち、次に見たニュースは彼が死んだという内容だった。彼がもうこの世にいないことが解ったので、僕は彼の食器を捨てた。なのに未だに二人分の食材を買う癖が抜けないでいる。ちょっと自分は馬鹿だなあ、と思った。
今も時々彼の名前がテレビ番組で挙がるので、彼はきっと影響力のある人物だったんだろう。僕は彼に対して影響力を持っていたのかな、と考えてみるけどもう彼はいないので、それを聞くことは出来ない。
彼のこと。 キョーカ @kyoka_sos
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