アナログ放送 -その後-
そんな事実が発覚してから数日後。
いつも通りカフェへ向かっていると、青年はとある二人組に捕まった。
「チーッス!
金髪ともう一人、汚れた白衣を身に纏った、中学生くらいに見える童顔の男だ。
「……どうも」
「どこに行くんだ? もしかして、あそこ?」
童顔の男に聞かれ、青年は頷いた。
「あー、やめておいた方がいいっすよ。さっき博士さんと行ったんですけどもう、騒がしくて騒がしくて……ねぇ!」
金髪がうんざりとした表情になる。
童顔の男こと、博士も激しく頷いた。
――大体どういうことなのかは、察しが付いた。
「今日の昼飯は、あっちで食べようと思っているんだけど、お前もどう?」
博士に誘われ、青年は大人しく彼らについていくことにした。
彼らには、あのカフェ以外にも行きつけの店があった。
メインはケーキ屋だが、カフェも併設されており、ランチメニューも頼める店だ。
一歩間違えば、女性客に囲まれてしまい、非常に落ち着けない空間となってしまうが、ランチタイムが意外と穴場だった。
「はぁ……まさか篠崎狙いの女どもがこんなに急増するとは……。一体誰が情報を拡散させたのか」
いつもの店に行けなかったことを不満に思っているのか、席に着くなりこのため息である。
「これを機に、うちの乗り換えちゃってください~」
注文を取りに来た女性店員にそう言われ、そうしよっかなぁ~と、博士はつぶやいた。
「篠崎さん、イケメンっすもんねー。いいなぁー」
金髪が口をへの字にして言う。
「篠崎さんと言えば……」
先日のことを思い出した青年が、ふと口を開いたときだった。
「はい、お待ちどーさん」
ドン、と雑に料理が置かれた。
「ちょっとちょっとー、
博士が料理を持ってきた人物に対して文句を言う。
「あ?」
博士に負けず劣らずの童顔の男が、彼をにらんだ。
「神宮寺さん、マジ接客向いてない……」
「うるせ。持ってきてやっただけでも有り難いと思え」
「お、横暴……」
彼はこう見えて、この店のオーナーシェフだった。
「神宮寺ちゃん! お客様にその俺様感出すのはよくないと思うゾ!」
「たまにしか来ねぇやつらが何を言ってんだか」
博士の抗議は鼻で笑い飛ばされた。
「文句があるならあっちへ行け」
「ひ、ひど……」
「いやぁ、それが篠崎さん目当ての女性客のせいで、入れなくって」
金髪が笑いながら言うと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「マスターも大変だろうな……あんなやつのせいで」
「そうそう。その篠崎さんなんですけど」
再び青年が口を開く。
「この間、博士が目撃したのは勘違いだったようで」
「え? あ、そうなの?」
金髪はまだ話していなかったらしく、博士は目を丸くした。
そして、状況がわかっていない神宮寺に説明。
彼は終始どうでもいいという顔をしていた。
「何だか篠崎さん、片思い中みたいですよ」
「えー! マジで!?」
先程よりも大きな声で、博士は驚いてみせた。
「あの篠崎が!? 一体どんなやつに……!?」
「ね~。俺も気になるッス。でも教えてくんねぇし、話をはぐらかされるんですよネ」
金髪は何度か聞き出そうと、トライしていた。
「神宮寺ちゃんも気になるよな!?」
「いや……別に……」
「反応薄っ!」
「……あいつのこととか、どうでもいいし」
じゃあ、仕事に戻るから。ごゆっくりどうぞ。
と、早口で彼は言い厨房へと戻って行ってしまった。
「……まぁ、興味ないですよね。女子じゃあるまいし……」
困っている博士をフォローするつもりで、青年が言った瞬間だった。
「何。今の反応」
「……へっ?」
「変だったよな、今」
「変……?」
どこが……?
青年と金髪は顔を見合わせる。
「変、変ー! おかしいー! 何、今のー!」
「ちょっ……博士!?」
「大丈夫っすか?」
壊れた機械のように叫びだした彼を、二人は必死に周囲の目を気にしながら止めるのだった。
「……だからって、何で俺まで」
本日の全ての講義を終え、家に帰ろうとした青年は、博士に再び捕まることとなった。
同じく授業とバイトを終えた金髪も捕まっていた。
「おかしいって。絶対おかしいよ、アレ。神宮寺ちゃん何か隠してるって」
「隠してるって何を……」
「神宮寺さんって、隠し事をするようなタイプじゃないっすよね」
それもあるけど……
と、青年は口をもごもごさせる。
「いいか?」
コソコソと、店の近くの電柱に身を隠す博士が、二人にビシッと指をさした。
「俺は今から神宮寺ちゃんが隠している秘密を暴く。お前達はその証人だ!」
「……」
青年は呆れて何も言えなかった。
「博士さん、ここじゃあ見つかりそうだから、移動しません?」
金髪の言う通り、電柱に三人で身を隠すのには無理がある。
「そうだな……あそこ、段ボールが積まれているし、そっちに行こう」
彼が指さしたのは、どう見てもゴミ置き場だったが、見つかってしまう恐怖に比べるとましか……と、二人は諦めた。
いそいそと移動していると、店内の明かりが消えたので、慌てて三人は積み上がった段ボール箱の後ろに逃げ込んだ。
ほどなくして、店から出てきたのは、神宮寺一人。
オーナー自ら最後まで残って仕事をしていたらしい。
店に鍵を掛け、歩き出そうとしたので三人もついていこうとしたが――
「お疲れ様で~す」
どこからか、そんな声が聞こえてきたので引っ込んだ。
声の主を見て、三人は驚く。
「しのっ……!?」
叫びそうになった博士の口を二人がかりで押さえつける。
そう、どこからともなく現れたのは、あの篠崎だった。
一体やつは、いつからいたんだ……!?
三人は、急にドキドキし始めた。
「お前……何でここにいる」
「待ってました」
「ストーカーかよ」
げんなりした目で、神宮寺は篠崎を見る。
「ひどいなぁ。一緒に帰ろうと思って、待っていたのに」
「一緒に帰るって……俺の記憶が正しければ。お前と俺の家、正反対の所にあるはずだが」
「まーまーそう言わずに。送らせてください」
「送り狼?」
「ひっど」
嫌がる神宮寺に対し。篠崎はずっとニコニコしている。
店にいるときもそうだが……
あれ? 何か違う?
青年は首をひねった。
「今日は色々と大変だったので、俺を癒してください……」
「知るかよ。それでストーカーしてんじゃねぇ。殺すぞ」
「容赦ない……」
わざとらしく悲しむ篠崎。
神宮寺はシッシッと、ハエを追い払うような動きをする。
「お前目当ての客が押し寄せてきて、疲れたとか死ぬほどどうでもいい」
「あれっ。何で知って……」
「お前んとこの常連から聞いた」
どけ、邪魔だ。と、篠崎を押しのけて、彼は帰路につこうとする。
「あー……あぁ……それでみんな今日は来てくれなかったのか……」
「あとお前」
数歩歩いた所で、突然神宮寺が振り向く。
「な……何でしょう……?」
にらみつけるように見られ、一瞬たじろぐ。
「……やっぱりいい」
「え? えー! 何ですか? 何か言いたいことがあるなら言ってくださいよぉ」
「うるさい。帰れ」
「待ってくださぁーい!
無視して歩く、神宮寺。
それを追いかける、篠崎……。
二人は暗闇へと姿を消した。
「……」
完全に二人が見えなくなってから、三人はゴミ置き場から出てきた。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは博士だった。
「……神宮寺ちゃんの名前って確か、葉月だったよな?」
彼の問いに頷く二人。
「あいつ、名前で呼んでんの?」
「……博士だって俺のこと、名前で呼んでますよ」
「俺のこともっすよ」
「そういうことじゃなくてぇ!」
あー! と、叫んで博士は頭を抱える。
「何であいつ、神宮寺ちゃんが仕事終わるまで待ってたんだよ!? 反対方向なのに一緒に帰ろうって、何!?」
「博士……もうやめましょう……」
青年が諭すように言い、金髪は彼の方に優しく手を置いた。
ようやく、静かになる博士。
「……篠崎さんの好きな人って……」
青年の言葉に続くように、二人は頷くのであった。
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