12月13日(金) 三者面談②・後日譚
「一週間、お疲れ様」
家に帰ってきた私を、ゆうくんは優しく出迎えてくれました。
エプロン姿でキッチンに立ち、テーブルの上には食事とお酒。
まさに至れり尽くせりな状況に、思わず頬が緩んでしまいそうです。
「ありがとう、ゆうくん」
「気にしなくていいよ。僕たち養護教諭はクラス担任と違って、三者面談なんて行事に縁がないからね」
感謝の言葉を紡げば、本当に何でもない様子でそんな返事をしてくれました。
彼だって、部活動生徒のために保健室を開けておく必要があるというのに……感謝しかありません。
「それで? 件の彼と彼女とは、どんな話をしたのかな? 今週はずっと忙しそうで聞けなかったから、気になっていたんだ」
仕事着から普段着に着替えてリビングへと戻ってくると、グラスにお酒を注いでいたゆうくんがそう尋ねてきます。
彼と彼女――とは、あの二人のことでしょう。
確かに、三者面談で下校時間が早いと言ってもその恩恵は部活動に所属していない生徒だけで、むしろ話した内容を生徒分まとめるだけ忙しい毎日でした。
会話はおろか、まともな挨拶さえ最近は出来ていなかったかもしれません。
「うん、ちゃんと話す」
……それにしても、ゆうくんも何だかんだ言って気になっていたんですね。
「――とは言っても、前回とそんなに変わらないんだけどね……。そらくんは相変わらず、工業大学の情報工学の方に進学したいみたい。県内か、県外か……詳しい学校までは決めていないみたいだけど、多分それは自分の最終的な学力で決めるんだと思う」
「彼らしい選択だね。大学ともなれば、在籍している教授をちゃんと調べて、より自分の学びたいことに近づいた方が良いんだけど……まぁ、僕たちがそこまで干渉することではないかな」
予感はあったのか、ゆう君の表情に変化はなく、小さな笑みを浮かべたまま自分の作った料理を摘まむ。
「かなたさんも、似たようなもの。そらくんと同じ大学に行く――って一辺倒で、彼の進学先が自分にも行ける場所だと信じ切っているみたい」
その健気さといいますか、報われなさといいますか……。
今後の二人に待ち受けているであろう未来を憂えば、自然とため息が零れました。
「……その言い方だと、彼女に何か揺さぶりをかけたみたいだね」
一方のゆうくんはといえば、私の細かな言い回しを的確につついて話を引き出します。
これ、全てを見透かされているみたいで、ある意味では尋問されているような感覚がして嫌いなのですが……。
「うん…………まぁ。かなたさんに『もし、それが叶わない選択――地方大学志望など――をそらくんがしたらどうするの?』って、聞いた……かも」
「……僕の記憶が正しければ、余計な手出しはせず一緒に見守ろう――って話になっていたと思うんだけどな」
向けられる冷たい視線に、私の肩身が狭くなります。
この得も言われぬ後ろめたさは、一体何なのでしょう。
「でも、言ったものはしょうがないね。それで、彼女は何て答えたのかな?」
あまり強くは責められなかった事実に安心しつつ息を吐いた私は、先日の発言を思い出しながら口に出しました。
「確か――『そんな、一人暮らしを彷彿とさせる選択は面倒がってしない』とかだったかな」
多分、十中八九こんなことは言っていなかったと思いますが、内容さえ合っていればいいということで。
何となくで諳んじた言葉に、ゆうくんは頷きます。
「なるほど、確かに僕も同意見だ。一人暮らしなんて、今の生活に不満のある者以外にとっては、家事を一人でこなさなければならない――というデメリットしかないからね。それを理解していない彼ではないはずだ」
うんうんと、それはもう分かり切ったように自信満々の表情で。
けれど、だからこそ、その態度に私は違和感を覚えました。
「あれ……でも、ゆうくん。大学に入って、一人暮らしを始めたよね? それはどうして?」
そらくんと同様に、ゆうくんがあの頃の生活に不満を持っていたとも思いません。
ならば、それでも一人暮らしを選ぶ何らかのメリットがあった……と考えるべきなのでしょうけど、さっぱり思いつきませんでした。
そんな中、彼はあっけらかんとこう言います。
「ん? そんなの、身内なんて気にせず、気兼ねすることなくゆうちゃんと会えるようにするために決まってるよ」
「えっ……あ――っ」
淀みのない、真っ直ぐな思いを受けて、その言葉の意味を理解した瞬間に私の顔は真っ赤に燃えました。
身体が熱い……。
おかしいですね。それほど暖房は強く設定していないのですが……。
「あの時は、たくさんウチに来てくれて嬉しかったよ」
「――――――――っ!」
酔っているのか、首をコテンと横に傾けて僅かに微笑みその台詞。
それはズルいです。卑怯です。
これは法的措置もやむを得ませんよ。
「――とまぁ、過去話はこれくらいにして。ゆうちゃん、最初に二人と接点を持った僕が言うのもなんだけど、あまり過保護にならない方がいいよ。今の僕たちがあるように、きちんと彼らに選択させないと。そこに大人のお節介なんて必要ないことは、身をもって知ってるでしょ?」
「――……うん、そうだね」
確かにそうです。
そうでした。
私たちも似たようなことでありながら、されども全く違うことで進路について悩んだことがありました。
別に語るような内容でも、今後語るべき予定もないですけど。
きっと、その老婆心から彼女にあんな発言をしたのでしょう。
今はまだ大人しく見守り……いつか頼ってくれた時に、私たちの全てを懸けて助けようとそう思いました。
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