12月14日(土) 北の国のおバカさん

『そらくん、助けて〜!』


 それは休日の宵の口。

 土曜補習・部活動と学生の本分を果たし、夕食まで時間を潰そうとルーティンワークが如くパソコンの電源を付けた時、俺のスマホに一本の連絡が入った。


 通話ボタンを押せば、スピーカーから響く助け声。

 その音量の大きさに驚いて耳を離せば、画面にはポニーテールの少女が半泣き状態で映っている。


 どうやら、テレビ通話をかけてきたらしい。


「何……一体どうしたの、七海さん?」


 しかし、分かることはそれくらいで状況が全く飲み込めず、困惑した俺はそんな言葉しか返せなかった。


『うん…………実は――』


 一方で、ガサゴソと自分のすぐそばを探り出した七海さんは、何かを引っ張り出すと、スマホのカメラいっぱいにそれを広げて見せる。


『…………見える?』


「……『二学期・期末考査』って、これテスト?」


 本人の顔も隠れ、広がる白一色。

 その中に綴られていた一部の文字を音読することで、ようやく話の流れが見えてきた。


 恐らく……いや、確実にその隣にデカデカと記された『二十三』という数字が関係していることだろう。


『そう……テストで赤点を取っちゃって、そのやり直しを来週の始めに提出しないといけないの……』


 …………ですよねー。

 知らされた事実に意外性なんてものはどこにもなく、ただただため息が零れる。


『そらくん、頭良かったよね……? 一応、私はスポーツ特待生ってことでそれで許されるんだけど、提出しなかったら追試を受けないといけなくなるから……良かったら教えてくれない?』


「別に良いけど……でも、そういうのは友達に聞けば住む話じゃ――?」


 俺にしては珍しく、至極真っ当な質問を繰り出した。

 ともすれば、七海さんは困ったような苦笑を一つ。


『うん……普通はそうなんだよね。でも、一愛ひめがそういうのに厳しくて……「勉強してないななみんが悪い。普通なら追試で合格点を取らないといけないところを、問題の解き直しで許してもらえるんだから、それくらい自分で考えなさい」って言い回ってるの』


 ……なるほど。そりゃ、大変だ。

 まぁ、課せられた作業自体はプレッシャーも何もない楽なものだけど。


「おっけー、そういう事ならできる範囲で教えよう。……ところで、『ひめ』って誰?」


『あれ……? 全国大会の時に、何度か会ってたと思うけど……覚えてない?』


「さぁ……少なくとも紹介されてはないな」


 その発言から同じ部員だということは察せられるが……果てさて、数が多すぎて一体誰がその件の『一愛』さんなのやら。


『あっ、そっかー。一愛はね、私たちの部の副部長で、いつも髪をお下げにした背の小さい子だよ』


「――あぁ……あの睨んでた子か」


 確か……全国大会の二日目だったかな。

 まるで面白いものでも見つけたような、愉快そうな視線を多く向けられる中で、唯一敵対的な態度をとっていた子だ。


 あとは、開会式に七海さんを呼びに来てたりもしてたっけ。


 何にしても覚えていた事実に一人で納得していると、カメラ越しの七海さんは静かに苦笑いを浮かべていた。


『あはは……ごめんね。あの子、男性を毛嫌いしてるんだ』


 なるほど、さらに納得。

 とはいえ、ウチにも男性不信の子が一人いるが……人が違うだけで対応の仕方も変わってくるんだな。


 片やビクビクと脅え、片やバシバシと威嚇する。

 改めて、人間の多様性に驚かされる。


「いや、別に気にしてない。それよりも、さっさとやり直しを終わらせようか。量はどれくらいあるんだ?」


 二十三点――すなわち、七十七点分の問題ともなれば、相応の数を解き直さなければいけないはず。

 出来ることなら夕飯までに終わらせたいものだ、と考えながら尋ねてみると――。


『えっと……そらくんに聞きたいのは、数IIと数B、あと化学!』


 ……………………ん?


「……ちょっと待って。一教科じゃないの?」


『うん……三つ』


 そう恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女。

 そりゃ、そうだ。いくら何でも赤点が多すぎる。


 それに加えて――。


「しかも、『俺に』聞きたいことって言ったよな? まさか他にも――」


 気になる言い回しに反応してみれば、ぎこちなさそうに頷かれた。


『う、うん……国語と地理もダメで……かなにも聞こうかなって』


「…………マジか」


 俺は天を仰いだ。

 それ、今日までに終わらなくね? ――とも思った。


『む、無理……かな?』


 けど、一度引き受けた以上は引き下がれまい。


「分かった。取り敢えず、問題用紙に間違えた箇所を赤ペンで記載して、写メ送って」


『りょ、了解……です!』


 運動部らしい、丁寧な返事。

 これで、ご飯を食べながらでも解法や解説を考えられる。


「あぁ……それと――」


『……………………?』


「――かなたには同じ内容を正確に伝えて、ちゃんとお願いしろな」


 親しき仲にも礼儀あり。

 そういうことは、後出しせずにきちんと頼むべきだろう。


 ――などと暗に伝えれば、意図が伝わったのかしっかりと頷いた。


「じゃあ、こっちは風呂とかご飯とか済ませてくるから、七海さんもあとは寝るだけの状態にしといて」


『は、はい……!』


 なかなか長丁場になりそうだ。

 通話ボタンを切った俺は、密かにそんな覚悟をしつつ階下へと降りて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る