12月12日(木) 三者面談②・倉敷家

「――これが、先週行われた定期考査の結果です」


 三者面談もいよいよ最終日。

 そんな日の、本当の意味で一番最後の面談相手が私だった。


 お母さんと二人――並んで座るその向かいから、手馴れた様子で三枝先生は今回の成績表を差し出してくる。

 きっと、その発言と動作は例外なく誰にでも行っていたのだろう。


 ちなみに、今日はお父さんはいない。

 仕事が忙しいらしい。


「…………やっぱり、理系が苦手みたいね」


 そんな中、一人で――いや、一人だからこそテスト結果をしっかりと吟味していたお母さんは、いつもと変わらない感想をポツリと呟いた。


 正直な話、いい加減に諦めてくれないかなぁ……とな私は内心で思う。

 だって、どうせ文系の学部に進む予定なのだから、最低限の点数さえ獲得できていればそれでいいはず。皆もそう思うでしょ?


「…………………………………………」


 ……まぁ、言っても怒られるだけだから黙ってるけど。


「ですがお母様、前回と比べて点数も上がっているようですし、彼女なりに頑張ったのではないでしょうか……?」


 ともすれば、思いもよらぬ援護射撃が到来した。

 お母さんを宥めるような、そんな内容にチラリと私は目を向ける。


「そうですか……?」


「はい。それに、前回の面談で『文系の学部にすすむ』との志望も受けていますし、焦らず徐々に上げていけば問題ないかと思います」


 その通り。

 理系科目なんてセンター試験――今は大学入学共通テストか――で使うくらいだし、本入試に必要な配点率も低いから問題ない。これから頑張ればいいのである。


 ……けど、わざわざ私を庇って一体どういうつもりなのだろうか?


 それと――。


「…………私の志望はそらと同じ大学の文系の学部です」


 正確な志望先ではなかったので、敢えて訂正させてもらった。


「…………そうでしたね」


 長い間。それを置いて紡がれた言葉は軽く、浮かべられた笑みは明らかに作ったものだ。

 その態度は無性に私の不安を駆り立て、心をざわつかせる。


「――ですけど、その選択が困難だった場合、一体どうするおつもりですか?」


 そうして投げかけられた問いは、考えないようにしていて、また同時に考えるまでもなかった未来をピンポイントで撃ち抜いてきた。


「……質問の意図が分かりません」


「蔵敷くんと同じ大学――とは言っても、様々な理由で倉敷さんが受験できないことはあると思います。例えば……彼の進学先に文系学科がなかったり、そもそも地方の大学に出たり――。そういった場合について行くのは難しいのではないですか?」


 懇切丁寧に、わざわざ最悪の可能性を知らしめるように語った先生の視線が、一瞬だけ私の隣に移った。


「――ですよね、お母様?」


「え、えぇ……まぁ、はい。基本的には本人の自由にさせるつもりですけど……少なくとも一人暮らしをさせるつもりはない、です。そもそも、できないと思いますが……」


 酷い言われようだ。

 でも確かに、一人暮らしをするなら、そらの隣に部屋を借りて毎日入り浸ってやろう――と考えていた。


 掃除や洗濯はともかく、ご飯の用意は面倒だし……。


「――ということらしいですが、その場合はどうするのでしょう?」


 再度、目線がこちらに向く。

 私は浮かべていた思考を放棄し、その気に入らない話題を一蹴すべく口を開いた。


「……そもそも、そらは一人暮らしをしようとは考えない。全ての家事を一人でこなす面倒さは本人もよく知っている。だから、そんな仮定は考える必要はない。……です」


 言い切った私は、そっとバレないように息を吐く。

 長く話すと疲れる。口が渇いて仕方ない。


「……なるほど」


 一方の先生も、この問答に満足したのかそれ以上に何かを言うつもりはないようだ。


「では、志望は前回のまま変わらない――ということでよろしいですね?」


 私とお母さん、二人が頷く。

 それが合図となったように、手元の資料を重ね合わせる先生の態度が暗に終わりを告げている。


「ありがとうございます。面談は以上です。お気を付けて、お帰りください」


 頭を下げられ、私たちは荷物を持った。

 そのまま外に出ようと振り返った時、私にだけ聴こえる小さな声で話しかけられる。


「……自分の道は、ちゃんと決めておいた方が良いと思いますよ」


「……決まりましたよね、ついさっき」


 ――が、大したことのない話だ。

 それだけを言い残した私は、少し先を行くお母さんの背中を追って教室を後にした。



 ♦ ♦ ♦



 校舎を出ると、一陣の風が吹き荒び、冷たく乾いた空気が流れ込む。

 顔を背け、目を伏せ、落ち着いた頃に前を向く。


 沈む太陽、橙色めいた光の残滓。

 それらが物悲しく輝いており、世界を寂しく照らしていた。


 解決したはずなのに、問われた内容が私の中でグルグルと反芻される。

 目の前の景色とリンクして、心に巣食った不安が消えない。むしろ、意識してしまうせいで、より濃く感じた。


 夕日――それは見る者の心情で感じ方を変えさせる。

 明日を導く光は、しかし、これから消えうる儚げな灯火でもあるのだ。


 ――自分の夢って、何だろう……。

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