10月23日(水) 収録
アイドル、芸人、俳優……。
それはテレビで活躍する存在の大半であり、人々の憧れの的でもある。
歌って踊って、演技して、人を笑顔にして……そうして彼らは認知される。顔を知られる。有名になる。
自己顕示欲を少なからず持つ者なら誰もが羨み、望むことだろう。
だから人は思うのだ。考えるのだ。一種のステータスとして。
――テレビに出てみたい、と。
故に、後期が始まり、朝補習も再開し、今月の祝日も消化し切って、いつも通りな授業風景の戻ってきた今日この日が過去に話題として挙げられていたテレビ番組の収録日だと知られて以降は、学園中がお祭り騒ぎになっていた。
授業中はともかく、その合間の休み時間ともなれば、一分でも一秒でも長くカメラに映り込もうと、いつも以上に友達は俺の机へと集まってくる。
その姿はまるで、街灯に集まる虫のよう。
けれども、テレビ側からは普段の俺の様子が撮りたいからと、押しかけてくるクラスメイトを止めようとはせず、そのあるがままを撮影していた。
おかげで、すぐ前方に座る親友たちは教室の隅へと避難する始末。
今も、こちらの様子を窺いつつ、コソコソと何かを話してはいるが、近づいてくる気配は微塵も感じられない。
……まぁでも、当然といえば当然か。
そらも詩音さんも目立つことを嫌うタイプだし、倉敷さんは基本的にはそら以外に関心がない。
となれば、この今の状況はごくごく自然であるわけで、何ら不思議なことではなかった。
…………少し薄情だとは思わなくもないけどな。
――さて、そんなこんなで撮影は続き、お昼は数名の立候補したクラスメイトを連れて学食の紹介を、午後も移動教室の度に校舎を説明してまわり、放課後の部活動までカメラは付いてきた。
そうすると、当然のようにギャラリーは集まり、二階に設置されている立ち見用の観覧スペースは学校の生徒で溢れかえる。
塵も積もれば山となる。
それぞれの呟き声は小さくても、たくさん集まればそれは騒音へと変わり、耳障りだ。
部員のみんなも、その視線や存在感が気になるようで動きが悪い。
割と悩んで、じっくり考えて決めたことだけど……請け負ったことを俺は今更ながらに後悔した。
♦ ♦ ♦
嵐は去った。
部活時間の半分くらいを撮影に費やせば、それで撮れ高は充分なようで、一斉に捌ける番組スタッフに乗じてやって来ていた生徒の殆どが体育館から姿を消した。
それに合わせて休憩を入れ、壁際に腰を下ろした俺はそっとため息を吐く。
……疲れた。
肉体的にではなく、精神的に。
注目されることには慣れている、と自分でも思っていたのだけど好意の目と好奇の目に晒されることでは大分違うようだ。
「お、お疲れ様……翔真くん」
いつの間にか閉じていた目を開けば、詩音さんがドリンクを差し出しながら立っていた。
「あぁ、ありがとう……」
受け取り、一口呷る。
冷たくて甘い感覚が喉を通った。
でも、何でかな。
今は温かい飲み物が欲しい。それでホットアイマスクをして、とにかく温もりに包まれたい。
「――よぉ、色男。すごい人気だったな」
その時、腹立たしい台詞とともにもう一人――いや、もう二人が現れる。
後ろから抱きついている幼馴染を引きずるように歩く、俺の親友が。
「やぁ、薄情者」
故に、そう返事をしてあげると、彼は苦笑を浮かべて弁解をしてきた。
「いや、しょうがないだろ……。俺に、あの輪の中に入れって方が無理だっつーの。人一倍に天邪鬼な人間だぞ?」
「分かってるさ。だから、これ以上は言わない」
俺も巻き込みたくはなかったから、声を掛けなかったわけだしな。
だから、今のはただの憂さ晴らしだ。俺だけが辛かったことに対する当てつけ。
「で、どうだった? テレビに出たくない俺の気持ちが少しは分かったか?」
「それはもう……痛いくらいに、ね。元々やる気はなかったけど、俺にそういうのは向いてないってハッキリ理解したよ」
同族を見つけたような、嬉々とした笑みのそらに同意する。
アイドル、芸人、俳優……。
それは人々の憧れの的であるが、所詮は表の顔であり、裏では等しく苦労しているのだ。
知られるということは、見られるということ。
それは決して善意的なものだけではなく、業界に踏み込むほどに同じ分だけ悪意を浴びせかけられる。
そんな世界に、誰が好き好んで入りたいと言うのだろうか。
今日、学んだことがあるとすれば、それはたった一つだけ。
――もう、テレビは懲り懲りだ。
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