10月24日(木) 偏った恋愛観・かなた編

「そ、その……急に呼び出してすみません!」


 それはある日の昼下がり。

 いつもなら満腹感による幸福に浸りながら、幼馴染の膝の上で気持ち良く寝てるというのに、何故か私はこうして屋上へと続く階段の踊り場に呼び出されていた。


「…………それで、何?」


 面倒なので単刀直入に尋ねてみれば、目の前の彼はオドオドとしながら言葉を紡ぐ。


「えっ、あ……それは……」


 ていうか、この人誰……?

 胸元のネクタイが青色を基調としていることから、私やそらと同じ二年生であることは確かなんだろうけど……。


 などと、考察していれば急に頭を下げられる。

 また、同時に手を差し出された。


「ず、ずっと倉敷さんのことが好きでした! もし良ければ、僕と付き合ってくれませんか!」


 …………ふむ、なるほど。


「ごめんなさい。……それでは、さよなら」


 思考時間はコンマ数秒。

 瞬時に状況を判断した私は、同じように頭を下げて階段を下り――。


「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!」


 ――その一歩目を踏もうかというタイミングで、件の彼は慌てたように制止を促しながら私の前に立ち塞がってきた。


「…………何?」


「いえ、その……さすがに淡白と言いますか、理由だけでも知りたくて……。やっぱり、あの幼馴染の人のせいですか……?」


 ふぅーん…………そらの、ね。


 万が一にも可能性はなかったけど、億が一の可能性さえも潰してしまった発言に私はため息を吐く。


「……そらは関係ない。単に、貴方に興味がないだけ」


 たった一言。

 それが断った理由であり、彼が知りたかったことの全てだ。


 だから、あとは教室に戻るだけでよかったのだけど、何となくもう一点だけ気になったことがあったので付け足した。


「……それと私は、名前も知らない人からの告白を受け入れるような人間じゃない」


「えっ…………いや、僕は二組で……その、体育が合同実習――……」


「…………知らない」


「あっ…………はい……。…………すみませんでした」


 これでオッケー。

 謝罪する彼を背に、私はみんなの待つ教室へと足を進めた。



 ♦ ♦ ♦



「――ってことが、さっきあった」


 教室に戻れば、そらも畔上くんも用事ですでに居なくなっており、また、詩音が興味津々な様子で話を聞きに来たので、先ほどの顛末を簡単に説明をした。


「そっか……かなちゃん、相変わらず人気だね」


 ともすれば、彼女は感心した様子で息を漏らし、そう相槌を打つ。


「……そうでもない」


「うぅん、人気だよー。翔真くん程じゃないにしても、女子の中で一番告白されてると思う」


 だとしても、だ。


「…………別にいらない」


 求めてもいないものを勝手に押し付けられても、それはこちら側からすれば迷惑以外の何物でもないわけで、褒め言葉のように扱われるその発言を私は素直に受け取ることができないでいた。


「――そういえば、前々から聞きたかったんだけどさ」


「…………何?」


「かなちゃんたちって、付き合おうと思ったことはないの?」


 ……………………付き、合う?


 意味としては知っているものの、ピンとこない言葉のリズムに私は首を傾げる。


「…………何で?」


「えっ…………何でって……だって仲良いし、蔵敷くんのこと好きだよね?」


 …………好き……。

 んー……うーん…………好き、かぁ……。


「…………まぁ……まぁまぁ」


「それ、どっちなの?」


 私の要領を得ない答えに詩音は笑った。

 けど、その質問は私的に微妙なのだ。本質をついていない。


「好意的ではある。一緒にいたいとも思う」


「なら――」


「――でも、だからって恋人に固執する意味、ある?」


「……………………えっと……かなちゃん?」


 詩音の言っていることがイマイチ分からない。

 いつも一緒にいて、それが当たり前で……なら、それで良くない?


 考えれば考える程に、その関係の必要性が疑わしくなってくる。


「そもそも、なんで恋人を欲しがるの? 一緒にいたいと思える人がいたら、それで充分でしょ?」


「普通は、その一緒にいたいと思える人を作るために恋人を作るんだよ……」


 とうとう呆れ顔で諭すようになってきた親友であるけれど、なら尚更こう言えるはず。


「じゃあ、すでにそらがいるから、私にはやっぱり恋人はいらないよね?」


 一緒にいたいと思える人を作るために、恋人を作る。

 けど、私にはすでにそう思える相手がいる。


 なら、恋人を作る意味は存在しなくて、恋人を作る必要性もなくて、今のまま過ごすことが正しいのではないだろうか。


 そら的に言うなら、キュー・イー・ディー。

 証明完了というやつだ。


「えっ……? …………あれ? いや、でも…………。ち、ちょっと待ってね……何かおかしいから……」


 だというのに、詩音は私の結論に納得いかないようで……。

 頭を抱えて、必死に考えていた。


「あっ、分かった!」


 どうやら、答えが出たらしい。


「普通の人なら、そこで付き合おうって思うはずなの! つまり――」


「つまり?」


「かなちゃんの恋愛観こそがおかしい!」


 ……酷い言われようだと思った。

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