7月19日(金) 三者面談・蔵敷家

 三者面談も最終日を迎え、その中でもトリを飾るのは俺である。


 仕事人である母のため、組まれたこの予定なのだけれど、それでも多少の遅れは生じるようで、未だに来ない母親を俺は待っていた。


 しかしその際、一つ前の時間帯に面談の予定が入っていなかったせいか、暇をしていたらしい三枝先生に招かれ、ひと足早く教室へと入り、何故か雑談という名の二者面談を行う羽目になっているのが現状だ。


「――では、この一週間、そらくんはずっとレギュラーの子らと試合をしていたのですか?」


「えぇ、まぁ…………。翔真を倒して九州大会に優勝した――ってこともあってか、スタメンの相手ばかりでしたよ……」


 お陰様で、心身をゴリゴリに削られた。

 練習嫌いの試合好きだと吹聴していたけど、今後しばらくはフットワーク練習や走り込みの方がマシだと感じられるだろう。


「しかも、それを監督に言ったら『試合を見ていたが、お前には体力が足らん。いい練習になるだろう?』――って、もう完全に体のいい練習台ですしね……」


「結果を出した者だからこその悩みですね」


「あぁ……今週は辛かった……」


 けれど、それも今日までだ。

 万感の思いを込めて机に突っ伏せば、同じように先生もまた激しく頷き始める。


「分かります……私もこの一週間は本当に辛かったですから……」


「…………何があったんですか?」


 雑談というよりは、むしろ愚痴会だな。

 と、そんなことを思いつつ尋ねてみた。タチの悪い親でもいたのだろうか?


「別に、何が……というわけでもないのですけどね」


 たけども、別段そういうことでもないらしく、困ったように顎に手を当て、笑うだけであった。


「前準備などが少し忙しくて……。生徒それぞれの資料を用意したり、短い時間で実りのある面談にしようと色々考えていたら根を詰め過ぎたというだけで…………でも、それもそらくんで最後ですから、頑張ります」


 そう言うと、グッと両拳を握って自分を鼓舞し、その後は照れたようにまた笑う。


「というか、あまり生徒に話す内容ではないですね」


「……今更ですよ」


 放たれた発言に俺も笑った。

 本当に今更な台詞だと思う。そんな生徒と先生――なんていう在り来りな境界線ではもはや俺たちは測れない。


「――こんなことを言うのは、ゆうくんとそらくんにだけなんですからね……?」


 それは本人も分かっているのか、口元に人差し指を立てて彼女は片目を閉じた。


 ――コンコンコン。


 そして、タイミング良く、来客は訪問を告げる。



 ♦ ♦ ♦



「――以上が、蔵敷くんの成績となります」


 母が来てから数分。何事もなく始まった三者面談は現在、俺の成績について先生の見解を聞いたところまで進んでいた。


「…………相変わらずこの子は、文系が苦手なんですね」


「そうですね……他の教科と比べても得点率は著しく低いですし、本人の希望する道によっては努力する必要があるかもしれません」


 そんな先生であるのだが、さすがは大人と言うべきか公私混同などなく、しっかりと保護者と対面するための外面モードであった。

 『蔵敷くん』なる呼び方など、初対面以来ではなかろうか。


「ほら、聞いた? 苦手なんて言わないで、文系科目も勉強しときなさい。何なら、かなたちゃんに教えてもらってさ」


「…………善処する」


 などと、益体のないことを考えて現実逃避をしていれば、そんな風に話を振られてしまうため、生返事をして更に現実を見ないようにする。


 というか、かなたから教わってその点数なんですけどね。

 赤点がないだけでもマシだと思って欲しい。


「まあまあ……先程も言いました通り、進路によっては文系が極力必要なくなる場合もありますから……。その点、希望する進路は決まってたりするのでしょうか?」


 なるべく本人から話を聞こうとしているのか、口調は丁寧ながらも先生の目はこちらを捉えていた。

 一方の母さんも成績にこそ口は出すが、進路は好きにさせてくれる方針なために何も言おうとはしていない。


 だから俺は、前から考えていたことをはっきりと話す。


「……プログラミング系のことを習いたいし、工業大学に進学しようと考えています」


「工業大学、ですか……?」


 だけども先生には、その一言が気になったようで再確認のように繰り返してきた。


「情報系の学科ではなく……?」


「まぁ……はい。専門にしている分、そこら辺の情報学科よりも学べることが多いと思ったので」


「そう、ですか…………」


 それに対して自分の意思をはっきりと告げれば、得られる反応は芳しいものではない。

 まるで困惑しているような、想定外の回答をされたような――。


「であれば、何も問題はないかと。本入試では必要教科は数学と理科系だけですし、センター試験で必要な点数も文系科目の配点率は軒並み低いですから、それは大学入学共通テストに変わってもあまり変化はないと思われますし……」


 でも、その先生の狼狽する理由を俺は分かっていた。

 全てを理解した上で、選択によって起きるであろう今後のことも想定して上で、それでも決めたことなのだ。


「そうですか、それは良かったです……!」


 そんな中、お墨付きをもらって母さんは一人安堵している。


 それ以降、言及されることはなかったけれど、「本当にそれで良いのか?」と――先生の瞳は終始俺に語りかけていた。

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