7月20日(土) 選択を見守る者
土曜日、休日。
学校へ行く必要のない私は、一週間ぶりに台所に立っていました。
今日の献立はパスタ。
普段はゆうくんがご飯を用意してくれているから、休みくらいは私が……そう思っての行動だったのですけど――。
「じゃあゆうちゃん、付け合わせは僕が作っておくね」
と、気が付けばいつの間にか、同じように隣で料理をする彼の姿があるのです。
「もう……こんな日くらい、私に任せてくれればいいのに……」
「でも、一緒に拵えればその分だけゆっくりできるよ」
そんな現状に私はむくれますが、返されるのはいつもの往々にして正しく、そして滲み出る彼からの心遣い。
それがありがたくて、嬉しくて、頭が上がりません。
だから結局は、ゆうくんに手伝わせてしまうのでした。
「――それで? さっきの話だけど、三者面談がどうしたんだい?」
テキパキと、お互いがお互いの邪魔にならないよう順序立てて行動していると、手持ち無沙汰になったのか話しかけてきます。
それは、私が料理をしながら話そうと食材を準備している間に挙げた話題。
「あっ、うん……今週の火曜日から金曜日がその期間だったんだけど…………」
その中でも、気になった彼らのことについて語りました。
「かなたさんは、文系の学部がある所ならどこでもいい――って。多分、そらくんと同じ大学の学部に通うつもりみたいなの……」
「……彼女らしい選択だね」
すると、ゆうくんは納得したように頷きます。もちろん、私も。
彼らのことを知って三年目になりますけど、そういう彼女の一心な部分はとても好ましくて愛おしいですから。
でも――。
「――でも、そらくんは工業大学に進学するって言ってた……」
「……なるほど、工業大学には当たり前だけど文系の学部はないね」
「そうなの…………」
つまりは、彼らは今のままではいられなくなるというわけです。
いつから幼馴染なのかは分かりませんが、これまで一緒に過ごしてきた時間はあと二年も経たずに終わってしまう。
「しかも、かなたさんはそれを知らないようだったの……」
でなければ、自分の進路をあんな風には答えられないはず。
もっと迷って、途方に暮れていたと私は思いますから。
「でも、だからって僕たちには何もできないよ。それは彼の決めたことで、彼女の決めることなんだから」
「うん、分かってる……」
ゆうくんの一言に、小さく頷きました。
当然です。私たち教職員は生徒に対して手助けこそすれど、従わせるなど以ての外。自主性を重んじなければなりません。
「だけど……私は二人が心配です。何だかこのままだと、すれ違いそうで……」
自分の人生なのだから、一人で決めることはもちろん、間違えではないです。
でも、それで得るものだけ見て、失うものは見ていないんじゃないかって……。
「そうかな? 僕はあまりそうは思わないけど……」
お節介だとは分かっていながらも募る心配事でしたが、そらくんは全部丸ごと吹き飛ばすようにそう言いました。
「きっと彼は、彼女にも選んで欲しいんだよ。自分だけの道を、自分の意思で。人に寄りかかったままの今までじゃなくて、一人で立って歩くこれからを見つけて欲しいんだと思う」
「…………どうして?」
「僕が彼だったら、そう思うからさ。不本意ながらも、彼が僕に似てしまっているのだろ? なら、この推測は当たっていると思うけどね」
したり顔で、見る人によっては少し小馬鹿にした笑いを見せるゆうくん。
「だからこそ、彼は彼女に告げなかったのさ。そして、きっと最後まで志望校は告げないだろう。他でもない自分自身に選ばせるために」
「そっか……」
その言い分に私は納得します。
同時に、少しだけ安心も覚えました。だって、よくよく考えれば、あのそらくんが自分の夢のために一歩踏み出したのですから。
囚われていた過去を吹っ切って、ついには未来を見るようになったのですから。
ならば、かなたさんにも同様に進んでほしい。
その未来が、別れという人生の岐路だとしても。
「だからさ、ゆうちゃんはこれまで通り、見守ってあげればいいんじゃないかな? そして、彼らが困って助けを求めた時に、教師として手助けしてあげたらいい」
「……うん、そうかもね」
残り、一年と八ヶ月。
彼らに待ち受けている未来は、どんなものなのだろうか。
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