7月18日(木) 三者面談・菊池家
「――し、翔真くん……! これ、タオルとドリンクです」
日も傾き始めた午後のこと。
今月末に控えている全国大会に向けて、より一層練習に励んでいる翔真くんのために、私はマネージャーとしての役割を果たしていた。
「あぁ……ありがとう、詩音さん」
そんな彼は練習相手を務めてくれている蔵敷くんと動きについて話していたけれど、私が声を掛けるとしっかりとこちらを向いて、微笑んでお礼を言ってくれる。
それが何よりも嬉しい。
笑って、ちゃんと目を見て、言葉にしてくれる――その何気ない心配りに好意を感じた。
「――詩音ー!」
「…………何、
などと惚けていれば、マネージャー仲間の美優から声を掛けられる。
何だろう……? 与えられた仕事は全部こなしたから、ここに来たはずだけど……。
「アンタ、三者面談でしょ? お母さん来てるっぽいよ」
「えっ……………………?」
そう言われ、差されていた指の先を見つめ、私は声を上げた。
そこには確かに、私のお母さんが笑顔で手を振っている。
「えっ……………………!?」
――何でこんな所にいるの!?
確かに今日は私の面談日で、もうすぐ経てば私の番だけど……だから、やれる仕事は先に全部片付けたけど……でも集合場所はここじゃなくて、教室前のはずだ。
「あっ…………じゃ、じゃあ三者面談に行ってくるね……!」
状況はよく分からないけど、取り敢えず動いた方がいい。
そう私は考え、後のことは美優に任せて私は体育館の外へとダッシュし、お母さんの背中を押して校舎へ向かう。
「りょ、りょうか〜い……」
背後からはそんな了承の声。
しかし私は気にすることなく、むしろ気になっていることをお母さんに問い詰めていた。
「な、何でいるの? 教室前で集合するはずだったよね?」
「そんなの、アンタの様子を見たかったからに決まってるでしょ。それより……言ってた好きな子って、あのタオルを渡してた男の子? イケメンだったもんねー、あれは倍率高いわよ」
「し、翔真くんは……別に、そんなんじゃ…………」
「『翔真』くん? 下の名前? へぇー、あの気弱な詩音がねー……――ってそういえば、来る途中の垂れ幕に全国大会出場の欄で『翔真』って書いてあったけど……まさか? そうなの? やだ、顔も良くてスポーツも万能だなんて……アンタ、大丈夫なの?」
だというのに、気付けば私の方が詰問されているのは何でだろう……?
「もう……良いでしょ、そんなこと……!」
教室へと向かう階段を上りながら、私は叫ぶ。
だから、上で集合しようって言ったのに…………。
♦ ♦ ♦
「――はい、菊池さんは全教科ともバランス良く点を取ることができており、優秀であると私は思います」
始まった面談。
こうなれば、お母さんの態度も真面目なものへと移り変わり、成績表を眺めながら先生の評価を聞いている。
「でも、先生……? 教科別の順位が少し低いような気がするのですが……」
その中の一点。
得点数から全国の平均点、偏差値などが細かく載っている内の順位という部分にお母さんは目を付けたようだった。
「それは、得意・不得意な教科を持つ生徒によるものですね。菊池さんのような全体的に等しく点数を取れるような生徒は少なく、本来は得意な教科・好きな教科を積極的に伸ばすようになります。ですので、個別で見れば順位は低く見えるのですが――」
そこで、先生は総合点の欄を指差し、
「――こうして、総合点で見れば順位は高くなっています」
そんな結果に、私は心当たりがあった。
きっと、かなちゃんや蔵敷くんのことを言っているのだと思う。
「確かに……! けど、大学入試って何かの分野に突出していた方が良いとも聞くのですが……それは?」
一度は納得したお母さんであったけれど、疑問は尽きないようで次の質問をぶつけている。
「お母様が仰られているのは、本入試のことですね。確かにそちらでは学部に合わせて決まった教科のみの受験となるため、得意分野があった方が楽になることも多いですが……合否はそれだけでは決まりません」
対する先生は、呼吸を置くため一度言葉を切り、再び口を開いた。
「いわゆる『センター試験』――皆さんの代ですと『大学入学共通テスト』と少し内容が変わるのですが、そちらにおいては何よりも総合力が試されます。ですので、むしろ苦手教科を持たない菊池さんの成績は入試的に好ましいのです。本入試はそれよりもだいぶ後になりますし、それまでに対策し、点を伸ばせば何の問題もありません」
「なるほど……そうなんですね」
「はい。むしろ、その対策の目処を立てるためにも、今の段階における進学の予定をお聞きしているのですが……ご希望などはありますか?」
そう言って尋ねる口調はお母さん向けたものだけれども、視線も意識もが、私へのものだった。
お母さんもそれを把握しているのか、特には何も言わずに答えを待っている。
「…………あの……私、部活動のマネージャーをしているうちに人のお世話をするのが好きだなって思って……だから、そういう仕事がしてみたい……です」
だから、言った。
単純な話で、好きな人と少しでも一緒の時間を過ごすための部活動だったけど、いつしかそれが楽しくなっていた――その私の想いを。
「それは介護系の、ということですか? それとも、看護師や保育士など……?」
「あっ…………それはまだ……決めてない、んですけど……」
だけど、まだ想いだけ故にそこまで考えが至っていなかった。
職種という問題があるのだと。
「あぁ、いえ……別に焦る必要はないですよ。あと一年あるのですから、自分の道をゆっくり選んでくださいね」
その言葉に、私とお母さんは揃って頭を下げる。
選んだ道が好きな人と離れることになるかもしれないと知っていながら。
だってその道は、彼を追いかけて得ることのできた――彼の与えてくれた
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