4月16日( ) 新入生宿泊研修二日目
悪夢の一日目が終了し、二日目。
まだ太陽が昇るまでには時間があり、空が濃い青を示している時分に俺はふと目が覚めた。
「うっわ……まだ五時半かよ……」
アラーム代わりに枕元に置いておいたスマホを見れば、まだそんな時間。
予定されている起床まであと一時間はある。
「はぁ……直んないかなぁ、この癖」
軽く寝癖がついた髪をかき、俺はそうボヤいた。
外泊をするとテンションが上がるのか、はたまた慣れない環境に心が静まらないのか、どうにも早起きをしてしまう癖があるのだ。
しかも、生来の耐性で二度寝ができないというオプション付き。
過去には三時に寝て五時に起きるなんていう、体力をゴリゴリ削られるようなことにまでなったほどだ。
……いや、いくらはしゃいでいるからってそんなに起きてるなよ、って話なんだけど……。
まぁでも、起きてしまったことはしょうがない。
少し早いが、顔を洗って歯磨きをして、先に用意を済ましてしまおう。
……あと、誰かダブルミーニングがかかっていることに気づいてほしい。ヒントは、ウェイクアップとハップンだ。
閑話休題。
皆を起こさないように二段ベッドから下り、荷物を取り出して部屋から出ると――。
「ぅぉ……! びっ、くりしたー……」
――俺は予想外のものを見た。
「何やってんの、お前?」
そこに居たのはお馴染みであり、幼馴染でもある少女。倉敷さんちのかなたさん。
「んあ? ……なんで、空が居るん? 夜這い?」
「そりゃ、こっちのセリフだ。言っとくけど、ここは男子の寝室前だからな?」
……寝起きドッキリか?
とも思ったが、どうやら違うようだ。
目が八割ほど閉じている。
しかし、なんでこんな所に……。女子の寝室は二階のはずだし、確かトイレも上にあったはずだ。
「……ま、何でもいいか。寝室は上だから、もう一眠りして来い」
「そらはー? どしたん?」
思考を打ち切って上階へと促してやると、寝ぼけ眼を何度も擦りながら、微妙な方言混じりに尋ねてきた。
「俺は……残念ながらもう目が冴えた。適当に準備でもして時間を潰すよ」
だから早よ戻れ、とばかりに背中を押してやると、何故か俺を中心に小さく円運動をし、背中にピタリと引っ付く。
もう一度挑戦。再び背中を押してやるが、行き着く結果は同じ。
まるで、自分の尻尾を追いかける猫のようだな。
「――っておい、ふざけんな。眠いんだろ? だったら布団に行っとけって……」
「やけん、そらに付き合っちゃーって言っとーとよ……!」
…………言ってねーよ。寝ぼけすぎだろ。
会話が噛み合っていない事実にため息が出る。
「はぁー……分かった。好きにしろ」
仕方なく折れると、かなたは満足そうに頷いて俺の服の裾を摘んだ。
それじゃ、洗面所に行きま――。
「そらくーん。かなたさーん。こんな時間に、二人で一体何をしているんでしょうか……?」
高い声音のはずなのに何故か低く響く注意の声を耳に受け、俺たち二人は足を止めた。
「せ、先生…………」
恐る恐る振り向けば、そこには我がクラスの担任が。
いつものように頬に手を当て、微笑んでいるだけだが、纏うオーラは不穏なものだ。
「あらあら、何やら楽しそうですね。良ければ、私にも詳しいお話を聞かせてください……ね?」
そう言って、階段を上がっていく先生。
おそらく、彼女の部屋でこってり絞られる羽目になるのだろう。
全く……『早起きは三文の徳』とは誰が言ったのか。
♦ ♦ ♦
それからたっぷり一時間、節度ある男女の関係性についての講義を受けさせられ、開放される頃には日の出はとっくに過ぎており、チラホラと起きてくる生徒を見受けられるようになっていた。
用意を済まし、点呼をとって朝食を終える。
次に俺たち生徒に待ち受けていたのは『遠歩』という見慣れない文字だ。
いや……まぁ、字面から何をするかは予想出来るけどさ……。
「――よっしゃ、お前ら! 多少は列を崩しても構わんが、ちゃんと並んで、逸れることなく歩けよー!」
メガホンを持ったガタイの良い男性教師は声を張り上げる。
受けた説明によれば、片道三時間ほどをかけて地元にある名もなき小さな山を登るらしかった。
俺たち一組から順にクラスごとに並んで出発をしたのだが、それは開始からものの十数分で崩れ去る。
各々に仲の良い人達と談笑し、時には風景を楽しみ、自然溢れる山道を体感していた。
その最たる例がモグラとたけのこ。
道中に見つけた竹林の中には、まだ若く食べ頃なたけのこが埋まっているのを確認でき、また、初めてモグラを視認することも出来た。
豚のように突き出しつつも先は平たい鼻。土を掘り進めるための爪は長く、手の存在感が思った以上に大きい。珍しく、それでいて良い経験をしたものだ。
――死んで、干からびてさえいなければ…………だけど。
他にも、気付いた人は少ないだろうが、意外に山菜が植生していた。
タラの芽、ワラビ、ふきのとう……そんなに詳しくない俺でもパッと見で発見できるほどには生えている。
なんだかんだで楽しみつつ、気が付けば頂上だ。
クラスごとに点呼をとれば、市販のお弁当が各自に配られ、辺りを一望しながらの昼食タイム。
人混みの中から幼馴染を見つけた俺は声を掛けに行く。
「おーい、かなた。どこで食べる――っと、なんだ……先客がいたか」
呼び声に反応してこちらを向く少女の隣には、何となく見覚えがないこともない別の女子生徒が立っていた。
「あっ、そら……。この子――私の前の席の菊池詩音さんって言うんだけど――も一緒でいいなら……」
「ん? あぁ、俺は別に構わないけど……」
そこで一度言葉を切り、件の菊池さんを見やる。
目が合えばペコリと頭を下げられ、それ以降はかなたの陰に隠れるようにして対峙してくれない。
これは……お邪魔っぽいな。辞めておこう。
「いや、やっぱりいいや。そっちはそっちで楽しんでこい」
かなたのマイペース加減と付き合える子は少ない。
その機会を俺が奪う、というのはどうにも心苦しいものがあるからな。
エールを込めてポンとその頭を軽く叩き、自らその場を離れた。
「さて、と……溢れた」
これから、どうしようか。大体の生徒は既に仲間を作り終えているようだ。
別に一人で食べるのは構わないけど、それを他人に見られるのはなぁ……。どこか一人になれる場所でもあればいいのだが……。
「おーい、蔵敷くん。良かったら一緒に食べないか?」
キョロキョロと辺りを見渡していると、丁度良いタイミングで声を掛けられる。
目を向ければ、漫画の効果線でも走っているかのように爽やかな笑みを浮かべた男子生徒がこちらへと駆け寄ってきた。
「畔上……くん……」
危うく、素のままに呼び捨てをするところを、寸でのところで回避する。
その呟きに「正解」という言葉とともに笑うと、手元の弁当を見せびらかしてもう一言。
「同じ部活のよしみだし、どう?」
「あ、あぁ……別にいいよ。食べようか」
突然の出来事に驚きはしたが、これはまさに渡りに船だった。
まだあまり関係性が構築されていない今のうちに話してくれる奴はありがたい。今後とも仲良くしておきたいところだ。
その背中を促し、どこか場所を探そうとしたところ、まだ遠くへと離れていなかったかなた達を畔上は目敏く見つける。
「倉敷さんたちも、一緒にどう? 同じクラスで、席順も連番だしさ」
「あっ、おい……彼女らは――」
――なんか訳ありっぽそうだから、誘うのは止めた方がいい。そう言おうとした時だ。
「あ、あの……ぜひ! ぜひ、お願いします……!」
なぜか消極的姿勢だった菊池さんは、餌に食いついた魚並に態度を一変させる。
…………あれれー、おかしいぞー?
リアルで手のひらがドリルな子、初めて見たわ。
腑に落ちないながらも、四人で適当な場所を陣取ると、それなりの距離感を保ちながら穏やかな時間を過ごした。
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