4月15日( ) 新入生宿泊研修一日目
「今日って、なんか校内が寂しいって言うか…………人気が少ない? 何かあったけ?」
授業の小休止――昼休み。
俺たちはいつものメンバー、いつもの席に集まると弁当を開く。
そんな矢先の、かなたの発言だった。
「は? お前、何言ってんの?」
半眼する俺。
残りのもう二人も俺ほど強い当たりではないにしろ、苦笑を浮かべている。
「かなちゃん、それは一年生がいないからだと思うよ……」
「今日から新入生宿泊研修なんだよ、倉敷さん」
二人の指摘に頭を捻るかなた。
しばらくの間、弁当に入れられていたブロッコリーの一部を咀嚼し、残りを箸で啄く。
「……………………あっ」
そうして数秒。
どうやら思い出したようだ。
「あの面倒なことしかしなかった合宿か」
言い得て妙だな。
一年前の出来事ゆえ思い出補正を多分に含んでいる可能性もあるが、それでも辛いという印象が強い行事だった。
だが、それは思い出として記憶に残っているということでもある。
昼食のおつまみ代わりに、俺たちは過去の話に花を咲かせた。
♦ ♦ ♦
四月十六日の月曜日。
入学式、歓迎遠足、土日の休みを経た高校生活二週間目から、ウチの学校ではイベントが盛り沢山である。
今日から二泊三日の新入生宿泊研修。
言わば、小中学校における林間学校のようなものであり、詳しい日程内容は明かされていないが、恐らく『クラスの皆と仲良くなろう!』的な思惑があるのだろう。
……オリエンテーリングとかカレーを作ったりするのかなぁ。
そのため、俺――とその隣で手を引かれているかなたはどちらも学校指定のジャージを羽織り、その他必要な携行品を持って来ていた。
教室に入っても、まだ特に親しい人物もいないため時間まで待機。
それから点呼が行われたなら、学校前のグラウンドに停められているバスへと俺たちは乗り込んだ。
その様子はまさに圧巻。
クラス分とプラスアルファだけバスを用意しているため、なんと十九台も存在している。
この数は小説や漫画の世界でもなかなか見られるものではないのではなかろうか。
事実は小説よりも奇なり。素直に驚く。
…………あと、”では”とか”ない”が多いな。別にいいんだけど。
閑話休題、そして時間経過。
数時間後、どこまでも後方へと続くバス御一行は山々に囲まれたある施設へとたどり着く。
運良く座ることが出来た窓側から外を覗けば、『宗像グローブアリーナ』という看板が目に入り、敷地内には多くの木造のロッジが見受けられた。
……下手すれば、この場所全部を貸し切りにしているんじゃなかろうか。
私立ってすげぇな。
下車すれば、そこから少し歩いたところにある体育館もどきな建物へと集合。
荷物を持たされたまま入所式なるイベントへと移行する。
では、入所式とは何なのか。
簡単に言うなら、「この場所を使います。よろしくお願いします」と学校全体で宣言する式だ。
校長や教頭、学年代表者が色々と施設の人にマイクで話し、それをただ見るだけ。
退屈なことこの上ない催しだろうが、俺としては前で寝かぶるかなたに色々とイタズラをすることで暇が潰せた。
サンキュー。やっぱり持つべきものは幼馴染だな。
「……ない。ありえない。乙女の首筋は高いんだぞ?」
それも終わり、荷物置きと部屋の点検を兼ねてロッジへと案内されている途中。
俺が何度も指でつついていた首の後ろ部分を擦りながら、不満げな表情で文句を言われていた。
「はっ、そんなの俺らの間では今更だろ。むしろ、自重して脇腹は責めないでおいたんだ。そっちに感謝してほしいくらいだ」
「……なんだとー?」
鼻で笑ってそう言うと、ジロリと睨まれる。
――ように周りからは見えているだろう。
けれど、それは違う。
単にこいつは普段から目をあまり開かないからそう見えるだけ。
ちょっとばかしムッとはしているだろうが、見た目ほど怒ってはいない。
その証拠に、「ならばお返しだー!」と奇声を上げて俺の脇腹に攻撃してきた。
「……お二人さーん」
なかなかに熱い攻防を繰り広げる最中、遠慮がちにそう話しかけられる。
二人して見やれば、そこには入学して早や一週間で『学園の貴公子』に成り上がった男が頬を掻きながら立っていた。
彼の名前は畔上翔真。その苗字の読みから一部では『神』と崇められているらしい。
そんな人物が何の用だろうか?
「…………誰?」
かなたから耳打ちで小さく尋ねられた。
変な感じがするからやめて欲しい。あと、ウィスパーボイスって聞き取りづらい。
「覚えてねぇのかよ……。なら、ちょっと黙ってろ。あとで教えてやる」
小声でそう返すと、ふてくされ始めた。
けど、あまりそういう顔はしないでほしい。思わずそのほっぺを指でつつきたくなる。
「…………で、何の用?」
目を向けそう聞くと、何やら言いにくそうに畔上は周りへと目を向け始めた。
つられて見回すと、クラスメイト全員から苦笑いというか……生暖かい視線に晒されていることに気が付く。
「いや、まぁ……仲がいいのは分かったからさ……。そういうのは、もうちょっと抑えてくれると嬉しいかな……って…………ね?」
……なるほど、どうやらやり過ぎたらしい。
いつもの距離感だとこんな風になるのか。
「……どういうこと?」
「分かった……それも教えるから、まだもう少しだけ静かにな」
再びの耳打ち。
知ってたけど、相変わらず唯我独尊してるなぁ……。
誰にもバレないよう溜息をつき、自分ができる最大限の愛想笑いを浮かべて俺はこう言った。
「そりゃ、悪かったな。迷惑かけた。今後は気を付けるよ」
ともすれば、納得してくれたように皆は移動を再開してくれる。
懐の深いメンバーに囲まれてありがたい限りだ。
「こらー! そこ、遅れないでー」
そんな折、担任の注意が飛んできたのは言うまでもない。
♦ ♦ ♦
それからというもの、想像していた林間学校とは全く装いが異なり、辛く厳しい時間が続いた。
行われたのは、整列の練習。
先頭に立つ誰かを基準にとり、それ以外の生徒は四方にダッシュして等間隔に並ぶ――という誰得な内容だ。
……俺たちは軍隊か何かかよ。
そう思わずにはいられないほど、先生達の要求は厳しい。
曰く――、
「おらぁ! 三秒以内に並べ!」
「そこぉ、ボサっとするな! 全力で走れや!」
「こんなんじゃ、いつまで経っても終わらんぞ!」
ホント、俺たちは何をしにここに来たんだろうな。
そして何より腹が立つのが、怒られているのは俺らⅠ類側ではなく、反対の工業科がメインだということだ。
誰か一人の怠慢で、その他の六百数十名が不利益を被る。
まるで社会の縮図だな。もしかしたら、先生は俺たちにコレを伝えたいのだろうか……?
もちろん、そんなわけはない。
だが、それが原因で俺は――いや、俺たち全員は終始イライラを募らせていた。
この練習が終わる時――すなわち、夕暮れ時までずっと…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます