4月12日(金) 新入生歓迎遠足・午後
お昼を済まし、いよいよ後半戦。
「さて、次はどこを回ろうか。『ダイタンMAX』の様子でも見に行く?」
食事に使ったテーブルにパンフレットを広げ、俺達は次の予定を立てていた。
「私はどこでも、いいよ?」
「詩音に同意ー。好きについて行くから、気にしないで」
ウチの女子連中はどうにも奥手なのか、こういう時は口を出さない。
そもそも、男子と違ってこういう所でははしゃがないだけかもしれないけど……。
「てことだ、そら。あとはお前に懸かっている」
と、言われてもねぇ。
今のところ、俺が全部行き先を決めているんだが、いいのだろうか?
…………ま、いいか。
「んじゃ、ここ――『惑星ウォーター』。去年行ったけど、割と楽しめたし」
「おけ、それじゃ行こうか」
「おー」
「お、おー」
――というわけで、来ました。
『惑星ウォーター』。その名の通り水が主体のアトラクションであり、見た目は丸い専用のボートでただ流れるプールを下っていくだけのものだ。
けれど、それに惑わされてはいけない。
「はい、準備オッケーです。それじゃ、行きますねー」
本当なら、一人用のボートが円状に連結された五人用なのだが、後ろが既に五人の団体だったため、贅沢にも四人だけでボートに乗り込む。
始めはゆるやかな流れで、のほほんと楽しめた。
しかし、水流は進むごとに勢いを増し、壁に当たる度に水しぶきが中へと侵入してくる。
「うわ、ちょ、ズボン濡れた!」
「きゃっ、水が……!」
「…………冷たい」
三者三様のリアクション。
中々に楽しんでもらえているようで何よりだが、俺としても予想外な点が一つあった。
「ちょ、バランス悪い! こっちが後ろになるのはまずいって!」
配置が上から菊池さん、翔真、俺、かなたの順なため、体重のある俺たち男子組が進行方向側に寄ってしまう。
円状なため、背中を向けた状態で。
そうすれば、どうなるのか。
もちろん、『進行方向=下り』となっているため、そのまま壁にぶつかり頭から水を被る結果となった。
……ブレザーまで、ぐしょぐしょ。
女子達は大笑い。
いやぁ、本当に楽しんでもらえたようで何よりだよ…………。
♦ ♦ ♦
そして、満を持してお待たせしました!
俺たちが今並んでおりますのは、三大コースターの中で最も人気のある『ダイタンMAX』。
ちなみにMAXとは、
そこの紹介板に書いてた。
午前中は点検で運行していなかった、ということもあり現在は多くの生徒が並んでいる。
その列の中盤あたりにいるわけだが、コースターが動く度に聞こえる絶叫がいやおうなしに期待を高めてくれた。
「す、すごい声……だね」
「だねー。楽しそう」
前で駄べっている女子二人もこの時ばかりはテンションが上がっているようで、楽しげな会話が耳に入る。
「たまに来る遊園地もいいものだな」
その様子を見ていると、隣から声が掛かった。
「まぁ、北九だしな。そうそう来れるわけでもないし、そりゃ楽しいだろ」
「それもあるけどさ、こうやって皆で何かをするってあんまり出来ないから……」
「あぁ、そういうこと」
確かに難しい話だ。
俺とかなたは隣同士だから何をするにしても大抵一緒に行動できるが、本来なら翔真たちみたいに家が離れていることが殆どだ。
ウチはバイトもできない学校だから、遊ぶお金にも限りがあるし、移動費だけでも結構渋りたい状況。
そのため、そう簡単に遊び回れるわけではなかった。
「でも、しゃーない。その分、機会があればめいいっぱい遊ぼうぜ」
「そう、だな……!」
互いに柄でもない話をしたような気がするが、いいだろう。
気を取り直して、目の前のアトラクションでも楽しもうじゃないか。
というわけで、やってきた俺たちの番。
いつも通り、菊池さん・翔真、俺・かなたペアで隣りあって座ると、安全装置が閉められる。
とは言っても、ここ『ダイタンMAX』の安全装置はハーネス型ではなく、T字に腰周りを抑えるだけのものとなっている。
上半身は自由。走行中は腕を上げても良いそうだが、これがかなり怖い。
さらに付け加えるなら、一両が二人かける二列の四人乗りの六両編成となっているのだが、何故か各両の前列のみ足が床につかないシステムとなっている。
つまり、俺たちの座席だ。
ブランブランと振り子のように足は揺れて、ヤバい。絶叫系と呼ぶに相応しく楽しみである一方、恐怖感も多少はまとわりついてきた。
また、この安全装置にはいくつかのボタンが付いており、それらを押すことで後頭部のスピーカーから様々な音楽が流れるという仕様だ。
ここでユーモアを出しても、大して中和されないっての……!
「おぉ……そら、お経がある、お経が。五番だから押してみ」
だというのに、隣の少女は心底楽しんでいるようだ。
実際に押してみれば、本当にお経は流れるし……。
「いや、コレ縁起悪すぎだろ……。マジで天国へと導くアトラクションじゃねーだろうな?」
「ダイタンMAX、ミュージックスタート!」
軽快な女性スタッフの掛け声とともにコースターを動き出す。
『サターン』のように最初からフルパワーなどということはなく、緩やかな滑り出しから早々に一番の山を駆け上がった。
登る度に機械的な振動が身体を揺さぶり、期待を膨らませる。
徐々に近づく頂きの景色に、心臓の鼓動は止まらない。
遂には、後傾から前傾へと移ろい――。
――そして、落ちた。
突然の浮遊感。
先程も言った通り、安全装置は腰周りを固定しているだけなため、下半身から浮き上がる感覚に思わずグリップを掴む。
風の影響で耳の聞えもおかしくなり、声を上げているはずだが、どこか遠くだ。
連続する上下の動き。そのおかげで何度も一瞬の無重力体験を味わうことができ、かと思えば急なカーブで左右に身体は引っ張られる。
激しい。だけど楽しい。
ジェットコースターとはこういうものだ、という体現だと思う。
およそ二分半ほどの旅を終え、再び乗り場へと戻ってきた俺たちは高揚感と疲労で充ちていた。
誰も何も発しないが、その笑みから察しはつくだろう。
ただ一つ残念だったのは、音楽を聴いている余裕などなかった――という所か。
Mの要素はどこへ行った……。
♦ ♦ ♦
「微妙に時間が余ったな……どうする? もう集合場所に行っておくか?」
時計を見ながら、翔真が問いかける。
俺もスマホを取り出して確認してみれば、時刻は三時三十分。
確かに微妙な時間だ。
人気アトラクションに乗るにしては待ち時間の都合で厳しそう。空いている所ならいけるか?
「あっ……じゃあ、詩音が乗りたいって言ってたやつにする?」
「えっ……!?」
かなたの急な思いつきと、突然の名指しに驚く菊池さん。
「おっ、いいね。どこ?」
そこにすかさず翔真は乗っかる。
俺にも異論はない。
「あそこー」
それは待ち合わせ場所であるスペースシャトルの隣。
『ザ・遊園地』と名乗っても良い、そのアトラクションの名は――観覧車だ。
カップル御用達の代物なはずだが悲しいかな……うちの学校はそれが少ないのか、比較的よく空いていた。
「へぇー……ま、いいけど。乗り方はどうする?」
俺がそう問うと、親友は首を傾げる。
「ん? 四人で乗る、以外にあるのか?」
普通ならそうだろうな。
けど提案者が菊池さんなんだろ?だったら、そういう事だろ。
「二・二の乗り方もある」
蟹のように両手でチョキチョキと指を動かしながら、かなたは提案する。
……けど、それじゃ露骨だ。
「あとは……まぁ、一・三もあるよな」
「いやいや、それだと一人が虚しすぎるだろ……」
ギャグ路線で流してやると、気のいい翔真はすかさずツッコんでくれる。
ありがとう、親友。その気遣いをもう少し菊池さんに分けてやってくれ。
「で、どうする? ちなみに、俺は別にどうだっていい」
「私もー」
早々に俺とかなたは決定権の枠から外れる。
お膳立てはある程度してやるが、そこから先は当人の領分だからな。
「うん、俺もどっちでもいいかな……。詩音さんは?」
「えっ!? あの……私は…………」
ワタワタと手を振り、焦る菊池さん。
指を合わせモジモジと悩む素振りを見せるが、やがて決心したのかこう言った。
「じゃ、じゃあ…………二人……で」
その回答に俺とかなたは揃って頷く。
そう決心したのなら、あと俺たちの出番だ。
「そんじゃまぁ、ジャンケンで決めますか」
「おー」
有無を言わさず、選別方法を決める。
少し菊池さんは不安げな様子だが、心配しないでくれ。
伊達に出会ってからずっと幼馴染をしている訳では無い。
コイツの出す手くらいなら想像ができる。
そして、四人中二人がずっと同じ手を出していれば、必然的に俺達がペアになるって寸法だ。
「――ってことで、俺とかなた・翔真と菊池さんペア、だな」
「……いつも通り」
「まぁ、ジャンケンだしね。よろしく、詩音さん」
「こ、こちらこそよろしく……!」
四人それぞれが異なった反応を見せ、いよいよ空の旅は始まった。
「――それで、恋する乙女様の様子はどうなんですか? 実況のかなたさんや」
「お見合いみたい。お互い、向かい合って座ってる」
「ま、いきなり隣は無理か……」
個人的には誰が誰とくっ付こうがどうでもいい話なのだが、俺の隣に居座りガラス窓にベッタリと顔を近づけている彼女は、親友の恋路が気になるようである。
「……お前、自分の恋には無頓着なくせして、そういう事は気にするんだな」
「んあ? ……別にいいでしょ。万年枯れきっている男に言われたくない」
その返しに俺は肩をすくめる。
別に、枯れたくて枯れたわけじゃないってのに……。
「程々にな。バレたら元も子もないぞ」
「分かってる。任せなさいな」
斯くして、ほのぼのとした空中遊泳は何事もなく時間だけを奪い去っていった。
そして降りてみれば、何故か菊池さんは顔を赤らめている。
かなたに聞いても何もなかったと言うが、観覧車はその構造上、ずっと監視をできるわけではない。
もしかしたら、何かあったのかもしれないな。
それこそ、神のみぞ知ることだろうけど。
ともすれば、集合時間まで間もない。
場所は近いため足早に向かうと、なんと一番乗り。程なくして全員が集まれば、担任からは「解散」と言い渡された。
「閉園までは遊んでもいい、って言われたけど……どうする?」
翔真が問いかければ、一人の少女が気だるげに挙手する。
「んー、私は疲れた」
「てことだ、翔真。俺もコイツに付き合って帰るわ――っておい! 先に行くなよ!」
気が付けば、ノソノソと出口へ歩む幼馴染がいた。
その隣に駆け足で並べば、一つ気になったことを聞く。
「いいのか? アイツらの選択次第じゃ、一緒に帰れたのに……」
「いいの。観覧車で何かしらの進展があったのは分かったから、帰るにしても二人きりの方がいいでしょ」
チラと後ろを振り向けば、まだ予定は決定していないようで楽しそうに笑い合っていた。
「……それに、疲れたのは本当」
その一言で、何を求められているかを理解する。
「……お疲れ様」
「……うむ、良きに計らえ」
柔らかそうな髪に手を乗せ、ゆっくりと動かしてあげれば、かなたは猫のように目を細めた。
友達、そして家族。
どちらに対しても素を見せている――とはいっても、ノビノビと自由にできるのは圧倒的に後者だ。
肩にかかる重みを感じながら、俺はそんなことを思った。
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