4月12日(金) 新入生歓迎遠足・午前
今日は新入生歓迎遠足。
さすが私立というべきか、ウチの学校では毎年『ユニバースワールド』に来ている。
ちなみに、『ユニバースワールド』というのは北九州にあるテーマパークのことであり、主に三つのコースターが有名だ。
それを貸し切り。
全校生徒である約二千名が好き勝手に遊びまくるのである。
自費で現地集合という中々アグレッシブなところも俺としては嫌いではなく、変にバスやらに乗せられるよりは気楽に行くことができた。
そして案の定、俺の隣の座席にはいつもの幼馴染が眠りこけている。
せっかく自分の腕を枕にしやすいように窓際を譲ってやったのに、こっちに頭を預けてくるし……。
「こんな時でも眠るなんて……かなちゃん、凄いよね」
「まぁでも、それが倉敷さんらしいよな」
座席が向かい合った四人席の向かい――そこには、これまたお馴染みのいつもの二人が座っている。
目的地である『ユニバースワールド駅』が家の近くの駅と、学校の最寄り駅とを結ぶ路線の延長線上にあるため、時間を合わせて乗り合わせたのだ。
「悪いな菊池さん。話し相手がこんなんで」
「う、うぅん……そんなことない、よ? 大丈夫」
とは言ってもなぁ……。
菊池さんって、翔真以外の男子と話す時はすごい
他の女子や翔真とスラスラ話している姿を見れば、それはもう心が折れるってものだ。
「ま、俺は基本は読書してるから。後は、そこの気遣い上手に任せるよ」
読み止しの本を取り出すと、栞を抜き取り、ページを開いた。
「おい……それって、俺のことか?」
「ザッツ・ライト。頑張ってくれ」
それだけ言うと、本格的に俺は読書モードへと移行する。
友達の会話、電車の走行音、肩にかかる僅かな重み。それらが意識の領域外へと誘われ、代わりに視界で躍っていた文字たちが空想の世界を紡ぎ出していく。
その心地良い時間は、とある少女の物理的な介入があるまで穏やかに続いた。
♦ ♦ ♦
「撮りまーす。はい、チーズ!」
先生の長々とした注意事項。生徒会長らの挨拶。
それらをくぐり抜け、一・三・二年生の順で入場を果たした俺たちは、入口からすぐ前に広がる花壇の前で集合写真を撮っていた。
その作業がものの数秒で終われば、あとは自由にアトラクションに乗るのみ。
昼食などを各自で摂りつつ、十六時まで園内を自由行動だ。
「みなさーん、集合場所はスペースシャトル前です。忘れないでくださいねー」
ほんわかとした担任の忠告を聞きつつ、俺たち四人は歩き出した。
「で、どこに行く?」
いきなり翔真が問いかけてくる。
「そりゃ、一発目はアレしかないだろ」
見上げれば、高くそびえ立つレール。
既に多くの学生が並んでいるアトラクションの一つへと向かった。
ユニバースワールド三大コースターの一角――『サターン』だ。
「おぉぅ……さすがに高いなー」
「うん……ちょっと怖いけど楽しみだね、かなちゃん!」
後ろに控えていた女子二人も割とテンションは上がっているらしく、いつもに比べて声のトーンが高い。
「『スタートから約三秒で最高時速の百三十キロに達し、そのまま八十九度のタワーを昇る』か。相変わらず、凄いな」
看板に書いてある紹介文を読み、翔真も期待に胸を膨らませていた。
去年も来たし、何なら福岡県民は割と訪れている場所なのだが……こう、何時になっても心を躍らせてくれる場所のようだ。
しかし、中は以外にも厳重であり、荷物は返却式のコインロッカーに預け、何度もポケットに物が入っていないかの確認、紛失しても責任はとらないなどの注意がなされる。
……にしても、いつ聞いても『腕を挙げたら脱臼の恐れあり』って文言にはビビるな…………。
そうして、安全装置を付ければ、いよいよ始まる。
煽るように心臓の鼓動を模した音が響き、突然のブザー音。
それからは一瞬の出来事だった。
あまりの重力に身体が座席に押し付けられ、顔が引き攣る。
トップスピードで頂上まで駆け上がれば、そのまま自由落下を始め一気にゴールへと向かっていった。
一分にも満たない体験。
だけどそれなりに満足のいくものであり、誰もが笑顔で感想を言い合う。
「あの心臓の音、嫌だったね……。緊張したよ」
「だな。そのあとのブザー音も焦った。思わず体がビクついたしね」
菊池さんが口を開けば、同調するように翔真も合わせる。
「私はちゃんと昇りきれるか、すごい心配だった……」
そこに、かなたの意見も混ざり、思いの丈は尽きなかった。
そして最後に俺が一言。
「まぁ、アレって稀に昇りきれなくて逆走するらしいけどな」
『……………………えっ?』
♦ ♦ ♦
続いて向かったのは三大コースターの二つ目『ヴァルキリー
巡回的には『ダイタンMAX』の方だったのだが、諸事情により午後から行くことになった。
待つこと暫し。
ようやく俺たちの出番が回ってくると、俺は前に座る御仁に声をかける。
「おい、翔真。俺たちで運動部の意地を見せてやろうぜ」
「お、そらから誘ってくるなんて珍しいな。いいよ、乗った」
こちらのコースター――ヴァルキリーは一見すると普通のアトラクションでしかないが、スタッフの掛け声に合わせて声を上げることで、そのスピードが増すという特殊な仕様になっているのだ。
普段はそういうノリはあまり好きではないのだが、殊、自分の快楽に関しては従順でありたい。
「エネルギーチャージ、ヴァール?」
スタッフのお姉さんが掛け声をすれば、乗車した生徒は拳を突き上げ、声高に叫ぶ。
『キリー!!』
充填率と表示された電光掲示板はみるみるその数字を増加させ、九十を超えて、限界突破をし、値は百二十を示した。
それはこのアトラクションにおいて最大である証。
『サターン』とは違った緩やかな滑り出しと最大時速ではあるが、それでも確か八十キロは超えたはず。
そんな『ヴァルキリー』はスタート直後からいきなり巻き上げが行われ、その後は一気に駆け抜けていく。
捻りながら落ちたり、垂直にループしたりとコースターは狭い敷地内を右往左往。体が左右前後に揺られ、その途中には地面スレスレのカーブもあり、かなり楽しめた。
心地よい満足感に伸びをしながら退場していると、意外そうに声を掛けられる。
「そ、それにしても……珍しい、よね。蔵敷くんがあんなにはしゃぐ、なんて……」
「ん? ……あぁ、まぁそう見えるよな」
そう思われても仕方ない。
実際、大勢で盛り上がるのはそんなに好きではないからな。
「かなちゃんもそう思うでしょ?」
菊池さんは隣を歩くかなたにも同意を求めるが、彼女は首を振って否定した。
「んにゃ、別に。そらは身内ノリで盛り上がるのが嫌いなだけで、こういったアトラクションやライブ系のイベントではめっちゃはしゃいでるし」
「だよな。ボイチャでゲームとかしてても、そらは割とテンション高めだし」
翔真からも援護がある。
けどね、そういうのは恥ずかしいからあまり言わんでくれ……。
「へ、へぇ……そう、なんだ…………」
ほらぁ、なんか変な視線で菊池さんから見られてる。
「そ、そんなことよりさ……お腹空かね?そろそろ、昼ご飯食べない?」
話を逸らすように、俺は話題を振る。
手元のスマホもとっくに十二時を回っているし、丁度いいだろ。
「そうだな、みんな弁当?」
翔真が問いかければ、全員が頷く。
「それじゃ、どこかのベンチで食べるか」
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