ねこの小話集

ハッピー

第1話 怒りん坊と、桜さん





私は気付くと家を飛び出していた。

体に吹きつける風は、小雨が混じっている。

しかし私は 歩いた。

への字口を結んだまま。

雨粒は、容赦無く私に降り注いでくる。


(それがどうしたー

降るなら、もっと降ってみろ!)

捨て鉢な思いとは、こういう事なのだろう。

冷静な時なら、一粒でも水滴が付く事が気になるというのに、この変わりようだ。


そんな私の目に飛び込んできたのは、茶黒い木だった。ボコボコとした幹肌は、雨で濡れていた。

私はそこで、ピタリと歩みを止めた。


風に揺れる枝に、何かついている。

よく見ると、ぷっくりと赤く膨らんだ蕾だった。


(、、桜の木だったのか、、)


顔を上に向けて見惚れていると、冷たい雨粒が頰の上を伝い流れていった。


(ジッと耐えるのは、ツライよね、、)


風に震える桜の蕾に、いつの間にか私は語りかけていた。


この桜は花を咲かせる時をジッと待っているのだ。

意地悪な風にも雨にも負けずに。


それこそ、『雨にも風にも負けずに』だ。


(凄いなぁ、、自然って!

比べて、、弱いなぁ、、私は、、)

すぐに怒ったり、心が折れる私に、桜が諭してくれているにように思えた。



先ほどまで、カッカとしていた気持ちが消えていた。

パンパンに張っていた風船の空気が抜けて、どこかへ行ったらしい。


(ありがとう。

私もアト少しだけでも、ジッと待ってみるよ)


私は心の中で呟くと、踵を返して歩き始めた。

家に帰るためにだ。髪の毛先からは、雨水が滴っていたが、心は晴れやかだった。


フイに、誰かに呼びかけられた気がして振り返る。肩越しに、春の嵐の中でも 真っ直ぐに立つ桜が見えた。


「うん!私も咲かせるよ!」

私は、猫背の背筋をピンと伸ばすと、思わずニャオウ!っと答えた。


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