第44話
バイクを走らせて10分もしないくらいだったと思う。ウェルがブレーキをかけると、トキコは進行方向につんのめったかと思えば、そのまま荷台の後方へバランスを崩し転げ落ちた。防護服のおかげで衝撃はあったものの、然程痛くはなかった。
むくりと起き上がると、少しだけクラクラする。地面のボロボロになったアスファルトが揺れていた。頭を押さえながら顔を上げると、ウェルはトキコのそばでしゃがんでいて、マスク越しにじっとこちらを見ていた。
「なんで落ちてんだよ。固定したろ」
呆れた声に、トキコは慌てて姿勢を正す。
「わたしも、何が何だか……」
「お前、手に持ってるのは何だ」
右手を見る。捻れた金属製の棒を掴んでいた。それとトキコはベルトで繋がっていた。これは、おそらく荷台の一部だ。つまりは、いつのまにか力が入りすぎていて鉄の棒を捻じ切ったようだ。
資源を大切にしなきゃいけないこの世界で、まだまだ使える物を壊してしまうなんて到底許されることではない。トキコは全身の熱が血液と一緒に重力に沿って落ちていくのを感じた。
「ああ!! ごめんなさい!! 壊す気はなかったんだよ……!! 落ちそうだったから、その、つい……」
「うわぁ……どう力が入ったらこうなるんだよ。物理法則ガン無視じゃん」
慌てふためくトキコの手から無残に捻れた鉄の棒をツルギは取り上げ、ゲラゲラと笑った。その様子にウェルは肩を落として「笑い事じゃねえよ」と、ツルギを棒で軽く叩いていた。
「だってよ。こんなの見たことねえじゃん。つーか、この力ってコントロールできるんじゃなかったのか」
少しつっかえながら、ツルギはそう言ってウェルに棒を渡す。トキコはマスクの奥から、それぞれの表情を見ようとしたが、どれだけ目を凝らしても何もわからなかった。トキコは乾燥してひっついた唇を剥がすようにして口を開く。
「あのね、この腕って電気信号を送って硬化させてるの。基本的には外側から刺激を与えなきゃできないらしいんだけどね。でも確か……感情の昂りで、時々誤反応を起こすことがあるって聞いたことあるような……。でも、今まではなかったんだよ!!」
確か、エンジニアのおじさんに言われた。常に冷静でいられる性格も適正なんだよって。そんな、感情をコントロールするなんてできるはずがないってカリンにぼやいたら「あなたはよくできている」と褒めてもらったんだっけか。
「面倒臭い奴だな、性格も体質も」
ウェルは気怠げに立ち上がって、トキコに背を向けてバイクの方へ戻っていった。またも自分の出来の悪さに歯痒く思って俯く。
「もう、良いって」
ツルギがポンと優しく背中を叩いて「ほら、周り見てみろよ」と誘う。
改めて周りを見渡す。黒く縁取られた視界からの情報で、ここは廃都市だということが容易にわかった。
黒い地面はナイフでメチャクチャになるまで切り裂いたみたいにひび割れている。その隙間からは鮮やかに草木が生えていて、よく見れば所々砂地もあった。色のない巨大なビルは歪に曲がって、穴だらけで今にも崩れそうだ。
「つい最近までこの辺に機械兵器がいたんだ。それを昨日ウェルたちがトドメを刺して。それで来れるようになった場所なんだ」
あたりに散らばった不可解な金属の塊は残留機械の死体なのだろう。いくつか、小さく盛り上がるように山になってる。トキコは心臓が重たくなるような気分の悪さを覚えて視線を落とす。
「ポンコツが、ハッキングかけて中から破壊したんだろ。それで俺がカッコ良くトドメを刺した」
ウェルが胸を張って意気揚々と語るのに、マスクの中で頬が引き攣った。アイが役に立っていて喜ばしいことの反面、もやもやとした感覚が頭の奥に広がった。それがなんなのかは、口から勝手に出てきた。
「わたし、それ知らないよ。アイちゃんから何も聞いてない」
「んなもん、どうでもいいわ」
さっきまで嬉しそうに話していたウェルはどこに行ってしまったのか。荷物を出したりと手元が忙しく、トキコの方なんて見向きもしなかった。
「アイとはいつも何してるのか話さないのか?」
「昨日は話してない。わたしも、お手伝いしたりシェイリに捕まってたりするし。アイちゃんもみんなのお手伝いしてるのは知ってたけど。そんなことまでは……」
マスクの下で唇を噛んで、奇妙なもどかしさを紛らわそうとしたが、ただじわじわと痛いだけで意味をなさなかった。
「お前が半人分しか働けねえから、ポンコツが働いてんだろ。不満ばっか言ってんなよ」
「そうだけど……」
「自分の範疇にアイがいないと不安か? メンヘラか、ガキ……つーか赤ん坊の分離なんたらかよ」
ウェルの言ってることは間違ってないんだろう。逐一アイの行動を気にして、不安がるほどトキコは子供じゃない。……それでも、アイが何も言わずにどこかへ行って自分の知らないところで壊れてしまったら。そうなったら絶対に悲しいし、きっと後悔するんだ。
ツバメが何も言わなかったみたいに……、突然離れざるを得なかった時みたいに。
「な!! その、退治した機械ってのがこれなんだな!!」
勝手に重く苦しくしてしまったトキコの空気を突き破るように、わざとらしくツルギの明るい声がくぐもって聞こえた。
顔をあげると、ツルギはトキコにわかるようそれに指差していた。顔が見えなくても楽しそうに笑っているのがよくわかる。
「宝の山だ」とツルギは言うが、トキコには真っ黒の金属の塊の一つだった。どう見たって宝の山には見えなかった。
ツルギに引っ張られる形で、それに数歩近づいた。足がなんだか竦んでしまう。トキコの身長の2倍くらいある。キャタピラの脚だったことと、アームがバキバキに折れてだらりと垂れていることだけはよくわかる。日に当たる場所は乾き出していて、日陰や隙間がまだ濡れて黒くツヤツヤと光っていた。
「ポンコツはコアを傷つけずに壊すからな。その辺はなかなか有能だ」
「じゃあポンコツじゃないじゃん」
「ポンコツはうぜえからポンコツだ」
トキコは手袋越しに、機械の残骸に触れてみる。陽の光を吸収して熱を込めていたようで、じんわりと熱いのがわかった。
「クソガキ。バラすの手伝え。この奥にコアがあって精密機器を取り出したいんだ」
ウェルの声に、少しだけ驚いて手を機械から離す。
「そんなの、何に使うの?」
「機械類の修理と、ほとんどは交易に出すんだよ」
機械類は、シェイリが使うタブレットやパソコンに清浄機器やバイクにだって再利用できるのだという。それをツルギが教えてくれた。
ウェルはトキコに「鉄板を壊せ」とか、「アームを千切れ」とかどうしてだか怒り口調で指示、と言うよりはもはや命令していく。廃材を地面に投げ捨てていたツルギもウェルを何度か嗜めていたが、聞く耳を持つわけがなかった。
数十分、作業したところで突然ウェルは「終わんねえ!!」と声を荒げた。持っていた廃材を下に投げて、機械の山からガラガラと降りていく。ちょっとくらい転べば良いのにと思ったが、彼は器用に地面に降り立った。
ウェルはどかりと地面に座り込んで、鞄から水筒を出して、水分補給用のチューブを使って水を飲んでいた。
「クソガキ2人も、適当に休んでろ」
トキコは出っ張った金属片に足をかけて、上へと登った。手を伸ばした先の天辺を目指した。
「何してんだ?」
「登ったら景色良いかも」
「転んでも知らねえぞ」
少し下にいたツルギは少し呆れたように笑って、そのままトキコの後を追うように一緒に来てくれた。トキコが足を取られている間にツルギはすいすいと登って先に天辺に到着して、トキコに手を差し出した。
ツルギに引っ張られて、ようやく登り切れたのだった。
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